「あんたさ、何でサークル辞めたの?」
芹那が公園のベンチに座り、コーヒーを啜りながら言う。ボクの事を嫌っていると思っていたので、そんな事を聞いてくるのが少し意外だった。
「……元々、入る気が無かったんだ。そもそも、他人との交流になんて最初から興味無かったし」
「なら、何で入ったの?」
「……兄さんが、入った方が良いって勧めてくれたから」
ボクの言葉を聞くと、芹那は大きな溜息を吐く。
「はぁ? じゃあ本当は入りたくも無いけど、兄貴に嫌って言えないから仕方無く入ったって事? あんた、馬鹿じゃないの?」
その通りだ。兄さんを傷付けたくないだとか色々な理由を付けていたけれど、結局は嫌の一言が言えなかっただけだ。
ボクは芹那の言葉に黙って頷く。
「キモ、それただの言いなりじゃん。身体が動かなくても、口で自分の意思を伝える事くらい出来るでしょ」
「……はは、そうだね」
芹那の言う事は正しい。言葉は悪いかもしれないが、何も間違ってはいない。きっと、芹那なら同じ状況だったとしても堂々と自分の意見を言葉にした事だろう。
こんな事をはっきりと言ってくれる人間は周りにはいなかったので、ボクには芹那の言葉が少し新鮮に感じられる。
「で? さっきは……電車に轢かれて死のうとでもしてた?」
そして、芹那は何の躊躇いも無く言葉を投げかけてくる。自分の感情を覗かれている気がして、怖いくらいだ。
「……何で、分かるの?」
「何でって、あんたのそのグシャグシャの泣き顔を見ればそのくらい分かるわ。私も同じ様な経験あるし。まぁ、死にたくなる時だってあるでしょ、特に私達みたいな人種はさ」
つい忘れてしまいそうだが、芹那も片腕を失っている。彼女の言う人種とはそういうハンディキャップを抱えた人達、という意味なのだろう。
「菊野さんでも、死にたいって思う事あるんだね。ちょっと意外」
「……あんた、馬鹿にしてんの? まぁ、でも今はもうそう思う事も無いかな。自分の中で考え方を根本的に変えたから」
「考え方?」
強気で、気丈に見える芹那でも自殺を考えた事があったなんて……意外だった。
こう見えて、彼女もそれなりに嫌な思いや辛い思いをしてきたのだろう。
「うん。私も前に自殺しようとビルの屋上から飛び降りる寸前まで行ったのよ、遺書まで書いて。けど、あとは最後に飛び降りるだけってなった時……ふと思ったの。どうせ死ぬなら、好き勝手に生きて、自分の人生に満足してから死んだ方が得じゃんって」
何というか、芹那らしい考え方だなと思う。
彼女の強さは、この考え方から生み出されているんだろう。
「私の腕はね、交通事故で奪われたの。下校中、飲酒運転の馬鹿にいきなり車で突っ込まれてさ、腕を轢き潰されたの。そんな1人の馬鹿が原因で、私だけが病んで、傷付いて、挙げ句の果てに自殺するなんてさ……何だか、無性に悔しくなったんだよね」
芹那は残された片腕の拳を握り、力を込める。
そこには怒りと憎しみの感情が込められていた。
「だからさ、私は大人になったらその飲酒運転をしていたクソ馬鹿を必ず殺してやろうと思ってる。地獄の果てまで追い詰めて、この手で必ず殺す。それが、今の私の生きる意味」
芹那はボクの方を見て、ニコっと笑う。
発言している内容と笑顔のギャップにボクは驚く。芹那はボクと同じ様な境遇なのかもしれないけれど、ボクとは違って不幸には見えない。
芹那自身も、自らの事を不幸だとは思っていないのだろう。
「あんたが死ぬのは勝手だけど、どうせならやりたい様にやってからにしたら? やりたい事とか欲しいものの1つくらい、あんたにもあるでしょ? 欲しいものがあるなら、力尽くで奪ってやれば良いじゃん!」
「欲しいものを、奪う……」
そんな芹那の姿を見ると、さっきまで自殺を考えていた自分が馬鹿馬鹿しく思えてくる。
きっと芹那なら、好きな人がいればどんな手段を使ってでも振り向かせて、手に入れるんだろう。
「まぁ、あんたも相当な苦労してきたんでしょ? ちょっとくらいの我儘、神様だって許してくれるって」
芹那の言葉に、ボクは光を感じた。
今までどんな慰めや励ましの言葉にも光を見出す事は出来なかったけれど、芹那の言葉は違った。
ボクが進むべき道を、芹那自身が示してくれている様な気がした。
今までのボクは誰かに好かれようと必死だったんだ。
それと同時に嫌われたらどうしよう、否定されたらどうしようと心の中では常に怯えていた。
圧倒的に足りていなかったのだ、覚悟が。
絶対に好きにさせる、絶対に手に入れる、絶対に奪い取る……そういった傲慢さが、ボクには無かったのだ。
ボクの様に奪われた側の人間が、幸せを奪い返すには相応の覚悟を決めなければならない。
まさか、芹那にそんな事を教わるとは思ってもいなかった。
「菊野さん」
「芹那で良いよ。私ら同類でしょ」
ボクはただ、自分が不幸な人間だと決め付けていた。だが、それでは幸せは絶対に奪い取れない。
「ありがとう、せりちゃん」
「せりちゃん? 何だそりゃ」
「せりちゃんのお陰で、覚悟が出来たよ。ありがとう」
ボクの中の自殺願望は綺麗に消え去っていた。
寧ろ自分の進むべき道が定まり、活力が湧いてくるくらいだ。
「……なら、良かったじゃん」
ボクはせりちゃんにお礼をして、病院へと戻る事にした。