ようやくベッドから出て来たお姉ちゃんは、リビングの椅子に座ってからもまだ目が覚めない様子だ。
「はぁ、眠……」
ボサボサの金髪、ノーメイクの顔……そんな様相だけれど、堪らなく美しく愛おしい。
そんな姿でも様になってしまうのが私の姉……雪代 茜だ。
お姉ちゃんは大きな欠伸をしながら行儀悪くトーストを口の中へ放り込む。
「ちょっとお姉ちゃん! いただきますはちゃんと言った!?」
「はいはい、いただきます~」
金髪に複数のピアス、短いスカート……一見、派手な外見の不良生徒……所謂ギャルに見えてしまう外見だろう。
けれど、その所作の一つ一つはだらしないけれどどこが気品と色気が漂っている。
「……何かお姉ちゃん、高校入ってからどんどんだらしなくなってない? 前はもっとちゃんとしてたのに……」
「いやぁ、高校がマジ楽しくてさ~! 友達も沢山出来たし、バイトも始めたら毎日めっちゃ楽しいよ!」
お姉ちゃんはトーストを頬張りながら言う。
そんなお姉ちゃんだが、中学校までは文武両道で完全無欠の姉だった。髪は黒髪だったし、ピアスも空いておらず、校則違反の1つも無い様な優等生だった。
「それは良いけど……あんまりはしゃぎ過ぎないでよ。お姉ちゃん、最近帰りも遅いし……ねぇ、今日は真っ直ぐ帰ってくるんだよね?」
「え、あ……ごめん。今日はテストに向けてファミレスで勉強会する予定! だから晩御飯も要らない、かも……」
けれど、お姉ちゃんは高校に入学してから変わった。
入学先の高校で知り合ったグループの影響なのか、お姉ちゃんはより活発的で刺激的な生活を求めるようになった。
ほぼ毎日遊びやバイトで、帰りも日に日に遅くなってきている。
「ちょっと、聞いてないよ!」
「いやぁ、昨日決まっちゃっからさ~。ごめんごめん」
派手な外見、派手な遊び……高校に入学してから、私のお姉ちゃんは徐々に私のお姉ちゃんではなくなってきている様な気がして、少し寂しい気もする。
「もう……また今日も私1人で晩御飯じゃん……」
私は唇を尖らせ、いじける。
たった1人で食べる晩御飯……これは想像以上に辛い。それが何日も続けば心は弱っていく。
お姉ちゃんは、そんな私の気持ちを少しでも考えた事があるのだろうか。
「葵、ごめんって……帰りにお土産買ってくるから!」
「もう、とりあえずお土産を買えば良いって思ってるでしょ……とにかく! お姉ちゃん、もう少し節度は持ってよね! 昔からすぐに調子に乗り過ぎるんだから! ほら、小学校の時だって……」
「あー、はいはい! 説教は帰ってから聞きまーす」
「お姉ちゃん! 怒るよ!」
お姉ちゃんが楽しそうにしているのは私も嬉しい。
けれど、お姉ちゃんが私の知っているお姉ちゃんではなくなってきている様な気がして、少し寂しいというのも事実だ。
何だか、私の知らない人達や世界がお姉ちゃんを改変している様な気がして、形容し難い不安を感じる。
今思えば、この時から日常の崩壊は始まっていたのかもしれない。