目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第6話 独占

 私もお姉ちゃんもお風呂に入り、リビングで先程お姉ちゃんが買ってきてくれたケーキを食べる事にした。

 決して高価なものではないけれど、そのチョコレートケーキはとても美味しかった。

 何だがお姉ちゃんの作戦にまんまと嵌められた様な気がして少し癪だが、ケーキは美味しかったので今日は多めに見てあげる事にした。


「それでね、隣のクラスの子がさ!」

「もう、お姉ちゃん……その話この前も聞いた気がするんだけど….」

「あれ、そうだっけ? 色んな所でこのネタを話し過ぎて忘れちゃってたわ!」


 食後のコーヒーを飲みながら、いつも通りお姉ちゃんの今日の出来事を聞いているが、最近のお姉ちゃんは少し変わった気がする。

 最近、お姉ちゃんの話は前と同じ様な内容が多かったり、私に以前話した内容をあまり覚えていなかったりという事が増えた様に思える。

 以前はそんな事は無かったのに、高校に入ってからはそんな事が徐々に増えてきている様な気がしていた。


 要するに、お姉ちゃんの興味や意識が私以外の人や物に向き始めているという事なんだろう。お姉ちゃんは学校で友達も多いだろうし、私と違い見渡している世界も広い。私の事だけを考えている訳が無い。

 分かってはいるけれど、お姉ちゃんが私だけのものではなくなってしまっている、誰かに奪われかけている様な気がして、私は少し不安になる。いつか、お姉ちゃんは私を捨ててどこかへ行ってしまうのではないかと。


「とりあえず、お姉ちゃんが学校をエンジョイしている事は十分に伝わったよ……けど! 本当に羽目外し過ぎないでよね。私はそこが心配だよ……」

「分かってるって~。てか、そんなに心配なら葵も来年うちの高校に来れば良いじゃん! そしたら朝も一緒に学校行けるし!」

「……行きたいのは山々だけどさ、私は無理だよ。こんな身体じゃ普通の学校なんて行ける訳無いもん。高校受験するとしても通信制の学校になると思う」

 私の言葉を聞いて、お姉ちゃんは『しまった』という表情で咄嗟に口元を抑える。

 きっと、お姉ちゃんの言葉に悪意は微塵も無い。ただ、学校の友達と話している時の感覚で、勢いに任せて口にしてしまっただけの事だろう。


「葵、ごめん……つい」

「別に気にしてないよ。今の生活だって退屈だけど不幸な訳じゃないからさ。お姉ちゃんとこうやってコーヒーを飲みながら、外での出来事を聴かせて貰っているだけでも、私は楽しいから」


 私の生活は決して恵まれてはいない。外へ出掛ける事も簡単では無いし、友達だっていない。やりたい事だって沢山あるけれど、この肉体に縛られている内はどれも叶う事は無いだろう。


 けれど、私にはお姉ちゃんさえいればそれで良かった。

 優しくて、綺麗で、大好きなお姉ちゃんと静かに暮らす事さえ出来れば、私はそれで良かった。


 それで良かったのに、それすら奪われてしまったら……私は……。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?