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第8話 父

 翌日、流石のお姉ちゃんも今回は門限通りの時刻に帰ってきた。


「ただいま~」

「……今日はギリギリ時間通りだったね」

「はは……まぁ、流石に2日連続はマズイかなと」

 門限通りに帰ってくるなんて本来なら当たり前の事なのだが、それでもお姉ちゃんと一緒にいられる時間が増えるというだけで私は嬉しかった。

「門限は今日だけじゃないからね、分かってる?」

「はいはい……」

 口では厳しく言ってはいるが、私はお姉ちゃんが好きだ。

 私の世界を唯一、彩ってくれるお姉ちゃんの事が好きだからこそ、私はつい過剰なまでにお姉ちゃんの事を心配してしまう。


 今日はお姉ちゃんが門限通りに帰ってきたので、用意していた夕食をリビングで一緒に食べる事にする。

 リビングでお姉ちゃんと食卓を囲む……些細な事だけど、私にとってはこれ以上に無いくらい幸せな時間だ。


「で、最近の体調はどう?」

「うーん、まあまあかな。最近は寒いからか身体がちょっと怠いくらい?」

「それ大丈夫なの? 病院に行って診てもらった方が良いよ。それに、そろそろ定期診察にも行かなきゃいけないんでしょ? 竹島先生だっけ?」

「あー……うん。そう」

 お姉ちゃんが心配そうな表情でそう言う。

 竹島先生とは、私が幼い頃から診てもらっているかかりつけの医者の名前だ。確か父と古い知り合いとの事で、私の病が発覚した時からずっと診て貰っている。

 私は定期的に体調や病状のチェックの為に竹島先生の病院へ通わないといけないのだが、ここ最近はあまり行っていない。


「……1人で行けそう? 着いて行こうか?」

「大丈夫。そうじゃなくて……ただ、あんまり気乗りしないだけ。めんどくさいなって」

「病院は行かなきゃダメ! やっぱり私も一緒に行くよ、学校なんていつでも休めるし」

「それはダメ! お姉ちゃんはせっかく学校に行けるんだから、私の為に休むなんて……」

 私は学校には恐らくもう通えない。けれど、お姉ちゃんは違う。羽目を外し過ぎないか心配な部分はあるけれど、お姉ちゃんには普通の学生としての幸せを味わって貰いたい。

 お姉ちゃんは昔から私の為に色々なものを犠牲にしてきた。だから、もう私が理由でお姉ちゃんが不自由になる事は望んでいなかった。


「でもさ……『あいつ』には付き添いは頼めないでしょ?」

「うん、というか最初から頼む気なんて無いし。だって……お父さんだよ? 私の言う事なんて聞いてくれる訳ないじゃん。仮に聞いてくれたとしても、お父さんと一緒に行くくらいなら1人の方がマシ」

 私とお姉ちゃんは2人暮らしだ。けれど、本来なら父もここに含まれているはずだった。けれど、父は滅多に家には帰ってこない。

 いや、厳密には帰ってこないように私達が父に頼んでいる……といった方が正しいか。

「最近は来てないよね? あいつ。私が家にいる時に限っていきなり来たりするからさ……あいつ、本当にタイミング悪いんだよね」


『いつもタイミングが悪くて悪かったな、茜』


 その時、お姉ちゃんの小言に返答する声が聞こえた。勿論、私の声では無い。

 2人揃ってリビングの入口の方へ目をやると、スーツを纏った細身の男性がそこには立っていた。

 お父さんだ。


「げっ……」

「お父さん……」

 白髪混じりのその男は、私達の父である雪代 誠司だ。元々は私達……そして母ともこの家に住んでいたのだが、今はこの家とは別に部屋を借りて生活している様だ。


「何の用? 極力、家には近寄らないでって言ってある筈なんだけど」

 お姉ちゃんはお父さんを睨み付けながら、詰め寄る。

「おいおい、ここは俺の家だぞ。金だって俺が全て稼いでいる。お前の学費も、葵の治療費も俺が……」

「あー、はいはい! 私だってバイト始めたし、お金さえ貯まったら学費も含めてあんたの助けなんて借りないから! で、そんな小言を言う為にわざわざ戻って来た訳?」

「替えの着替えを取りに来ただけだ。すぐに出る」

 父と姉が顔を合わせる度に言い争いが起こる。

 それは、父が母にした仕打ちを知っているからこそ、お姉ちゃんは父を許せないのだ。勿論、それは私も同じ気持ちだ。

「あっそ! だったら早く済ませて帰ってくれる?」

「そんな事より、お前……何だ、そのふざけた格好は」


 父はお姉ちゃんの事を上から見下ろし、睨み付ける。

 金髪、ピアス、化粧、短いスカート……父が最も嫌い、軽蔑するタイプの外見だろう。

「何? 説教? こんな時だけ父親面しないでくれる? うざいんだけど」

「この家にいる限り、お前たちは俺の管理下にある。だから、面倒事を起こされると俺が困るんだ」

「私達はあんたのモノなんかじゃない! 母さんだって、あんたのモノなんかじゃなかったのに……あんたは!」

 お姉ちゃんが父の胸ぐらを掴み、大声で叫ぶ。

 このままでは勢いに任せて父を殴り倒してしまいそうだ。私はお姉ちゃんの肩に手を置き、制止する。

「お姉ちゃん、もうやめなよ……」

「葵だってそう思うでしょ! はっきり言ってやりなよ、こいつのせいで……母さんは死んだ、母さんは殺されたんだって!」

 お姉ちゃんは涙を浮かべながら父へ叫ぶ。

 それでも父の表情は変わらない。この人は昔からそういう人なのだ。冷たく、無機質。

 私達の事は娘ではなく、ペットか所有物くらいにしか思っていないのだろう。


「……時間の無駄だ。とにかく茜、お前は余計な事をするな。そうすれば高校卒業までは面倒を見てやる」

 父の表情はやはり一切変わらない。

 私やお姉ちゃんをまるで家畜を見る様な目で見下している。父はただ、義務だから仕方無く私達を扶養しているに過ぎない。

「あんたはいつも自分の事ばっかり……もう早く帰って!」

「それと葵。お前は竹島先生の所にちゃんと行け。お前にいきなり倒れられたりしたら、それこそ面倒だ」

「はい……」


 突っかかるお姉ちゃんを無視して、父は私にそう言う。

 それは私の体調を心配しているのではなく、単なる自己保身だ。

 私がもし適切な診察や治療を受けずに倒れたりしたら、一応は父親である自分の責任になる可能性があると考えているのだろう。


 そして、父は2階の自室から荷物を引き取り、私達には何も言わず、そのまま家を出た。


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