玄関から戻り、不安を忘れる為に私は家事に没頭する。過剰なまでに細かい部分まで掃除をしたり、食べきれないくらいの品目の昼食を作ったり……そんな事でもしていないと心の不安が消えない。手を止めてしまえば、またお姉ちゃんへの疑念が生まれるだけだ。
そして、そんな無駄な事をして時間をある程度浪費した後の昼下がり……家の中にインターホンの呼び出し音が鳴り響く。
この時間だから、宅配便かセールスか……私は洗濯物を畳むのを止め、応答ボタンを押す。
「はい……」
『こんにちは。本日、ご両親はご在宅でしょうか?』
声の主は通話が始まった途端、いきなり私に問う。恐らくは中年の女性の声だ。
「……不在ですが、何のご用でしょうか?」
『そうですか。ではあなたは娘さんでしょうか? それなら、あなたでも構いません。ぜひお話を』
「はぁ……」
怪しいなと思いながらも私は渋々対応をする。平日昼間の来訪の大半はロクなものではない。
訪問販売のセールス、宗教勧誘……今回は女性の雰囲気からして、恐らく後者だろう。
『最近、あなたは幸せですか?』
そして、女性のその言葉で私は確信する。これは宗教勧誘目的の来訪だろう。過去にも似たような来訪があった事を思い出す。
『人は誰であっても少なからず苦悩を抱えているものです。けれど、当然ながらその苦悩が大きくなり過ぎれば、それは人生において大きな障害になります』
「あの……勧誘なら結構です」
私は事務的に対応し、断りを入れたはずだが、インターホン越しの女性はそれを気にも留めずに話し続ける。
『この家……いえ、あなたからは苦悩の香りが強く漂っています。あなた自身は気付いていないかもしれませんが、私にはそれが分かります』
「本当にそういうものには興味が無いので、失礼します」
そう言って私がインターホンの通話を終了しようとした時、それを見透かしているかの様に女性が声を発した。
『……お姉さんが外で何をしているのか、気になるのでしょう? 心を病んでしまうくらいに』
「……え」
終了ボタンを押そうとしていた私の指は動きを止める。一瞬で私の心の中を見透かされた様な気がして、身体が硬直してしまう。
『最近はお姉さんの帰りも遅く、外で何をしているのかも分からない。けれど、嫌われる事が怖くて強く追及する事も出来ずに心労が絶えない……違いますか?』
女性の言葉は単なる偶然では片付けられないものだった。何故なら、私の感情を寸分の狂いも無く言語化したからだ。
『試しにお話だけでもいかがですか? 少しは気が紛れると思いますよ、雪代 葵さん』
そして、女性はインターホン越しに私にそう語りかけた。