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第30話 香り

「塚原さん、ですか」

「はい、小さいですが法人の代表をしています」

 私は玄関口で女性の名刺を受け取る。

 名刺には『塚原 由美子』と名前があった。その隣にはその女性の肩書きだろう『宗教法人 繋命会 代表』と記載があった。

 普段であれば宗教勧誘の話など全て断っているが、今回は少し事情が違った。

 この塚原が、私の心の中の感情を的確に言い当てたからだ。透視? 超能力? そんなものは全く信じてはいないが、カラクリが分からないままというのが何だか気持ち悪かった。


「それで、一体何なんですか?」

「何なんですかと言われますと……そうですね、私はただ、あなたにアドバイスがしたいだけなんです」

 聞けば聞くほど不審だ。宗教法人の代表が、私にアドバイスをしに来た? とても信じられるような話ではない。

「それに……どうして、お姉ちゃんの事を……」

「ああ……そんな事くらい私には全て分かります。先程言ったでしょう? あなたからは『苦悩の香り』が強く漂っていると」

 私の質問に、塚原は笑顔で答える。とても嘘をついている様には見えないが、私にとても信じられるような内容ではない。

「……それで、そのアドバイス料でお金でも取るんですか?」

「まさか、そんな無粋な事はしません。ただの親切心ですよ。目の前で財布を落とした人がいたから、声を掛けた……それだけの事です」

 私の皮肉に、塚原は屈託のない笑顔でそう言った。その表情は作りものではなく、心の底からの笑顔に見えた。

 言葉で言い表す事は出来ないけれど、この塚原が単なる悪人だとか詐欺師の類には見えない。

「……なら、話だけ聞かせてください。言っておきますけど、お金は1円も払いませんから」

「ええ、もちろん」

 けれど、私もこんな話を間に受ける訳ではない。

 カラクリが分かったら、すぐに追い返そう。私はそう思いながら塚原の話をまず聞いてみる事にする。苦悩の香りがしただなんて、馬鹿馬鹿しい。


 ただ、そう思いながらもこの塚原の話に少し興味を持っている事も事実だった。


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