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第39話 約束と裏切り

 お姉ちゃんも眠りについた深夜、私は再び塚原と電話でコンタクトを取ろうとしていた。

 塚原に電話をして何かが変わる訳ではないけれど、とてもこの感情を1人では抱えきれそうになかった。


『もしもし』

「……私、どうしたら良いですか?」

『茜さんの事ですね?』

「さっき、さりげなく竹島と会ったかどうか聞いたんです。そしたら、お姉ちゃんは何の悪気もなく私に嘘をつきました。会っていないと」

 深夜にも関わらず塚原はすぐに電話に出た。まるで、私が電話を掛けてくるのを予見していたみたいだ。いや、塚原ならそれが予見出来ても不思議ではない。

『なるほど。あなたにとっては、茜さんがパパ活や援助交際をしていた事以上に、簡単に嘘をつかれたという事が何よりも悲しかったのですね』

「約束したのに……お姉ちゃんは、それを平気で破ったんです。私は、私はずっとお姉ちゃんを信じていたのに……それなのに!」

 そして、その塚原によってお姉ちゃんの嘘は既に暴かれた。私の約束は、お姉ちゃんによって裏切られた事が確定したのだ。怒りというより悲しみの方が大きい。

『辛いですね。けれど、私があなたにしてあげられる事は……もうありません』

「そんな……」

『私は神ではありません。確かにあなたからは『苦悩の香り』がしましたから、声を掛けてアドバイスはしました。けれど、私には人の運命までを自由に変える力などありません』

 だが、塚原の言葉は私を救ってくれるものでは無かった。まさか、お姉ちゃんの次は塚原にすら私は見捨てられるのか。

「……私は、最初からこういう運命だったって事ですか? 病気で苦しい思いも沢山して、学校にも通えずにずっと1人ぼっちで、挙げ句の果てにお姉ちゃんにまで裏切られて……私は、生まれた瞬間からこうなる運命だったって事ですか?」

 私の言葉に、塚原は何も言わない。

 絶望で涙が流れてくる。結局、私は幸せを享受する資格などない人間なのだ。誰にも大切にされず、いつかは捨てられる……そんな哀れな人間なのだ。

 もし、これが私の生まれながらの運命だと言うのなら……私の人生は、一体何の為の人生なのだろう。


「……もう、死んじゃおっかな」

 その時に出た私の言葉は、無意識のものだった。

 病気になり、幼い頃から思ってはいた事だが、それを踏み止まっていたのはお姉ちゃんがいたから。

 けれど、そのお姉ちゃんも私の事を裏切り、捨てた。そうなってしまえば、もうこの世界で生きている意味も無い。

『……確かに、私にはあなたの運命は変えられません。けれど、あなたになら……いいえ、あなたにしかあなたの運命は変えられない。死んでしまおうとするくらいなら、最期に精一杯足掻いてみても良いのでは?』

 その時、塚原が口を開きそう言った。

「足掻く?」

『はい。我々の組織の中にも、あなたと同じような境遇の人達が沢山います。けれど、彼らは前を向いて自らの幸福を全力で追求しています。私はあくまで彼らのサポートをしているだけですが……自分の力で運命を変え、幸福を享受した方は何人もいます』

「……」

『あなたは先程、ご自身を一人ぼっちだと言いましたね。確かに今はそうかもしれない。けれど、あなたが踏み出せば仲間はいくらでも増やせます。先程言ったように、あなた次第で運命はいくらでも変えられます。それに、自身の運命が変われば……周りの人達の運命も変える事が出来ると私は思っています』

 塚原が取りまとめる『繋命会』とは、元々は犯罪被害者や社会的弱者を救済する為に作られた組織だと言っていた。宗教なんて全く興味を持った事は無かったが、外の世界にも私と同じような境遇の仲間がいるのなら……少し興味が出てくる。

 生まれてから友達や仲間というものを持った事が無い事もあり、昔からそういった居場所に憧れがあるのも事実だ。


『もちろん、無理にとは言いません。けれど、もしあなたに我々と同じ道を歩みたいという気持ちが少しでもあるのなら……我々はあなたを歓迎します』


 そう言って、その日の塚原との通話は終わった。


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