「葵、最近何か良い事あった?」
「え、うん。まぁね」
その日、食事中にも関わらず私はずっと笑みを浮かべたままだった。その事について、お姉ちゃんが理由を尋ねてくる。
「え~、なになに? 教えなさいよ~」
「秘密! けど、凄く良い事があったのは事実だよ。本当に、凄く良い事」
「まぁ、どんな理由でも葵が楽しそうなのは私も嬉しいよ。ここ最近、勉強とか色々頑張ってたもんね」
お姉ちゃんが早く帰ってきているという事は、竹島とも会っていないという事だ。
私の積んだ徳で、お姉ちゃんも正しい道へと導かれようとしている。本来、お姉ちゃんは援助交際などする人間ではない。たまたま運命が捻じ曲がり、道を踏み外しただけだ。
私が徳を積む事で、お姉ちゃんの運命も確実に良い方向へと向かっている。
それだけで、私は嬉しかった。
けれど、そんな幸せは長くは続かなかった。
あの日以降、またお姉ちゃんの帰りが遅くなり始めていたのだ。理由を聞いても生徒会の手伝いが忙しくなったと言うばかり。そんなものは嘘に決まっている。また、裏で竹島と会っているのかもしれない。
「先生、先生!」
『どうかしましたか、葵さん?』
私は藁にもすがる思いで先生へと電話を掛けた。
先生の優しい声に、少し心が落ち着く。
先生にさえ相談すれば、何とかなるという安心感が私の心の何処かにはあった。
「最近、お姉ちゃんが……また帰りが遅い日が増えてきて、前と同じ様に……」
『それは、たまたまではなく?』
「この2週間くらいはほぼ毎日遅くて、お姉ちゃんに聞いても生徒会の手伝いが立て込んでいるとしか答えてくれなくて……先生、もしかしてお姉ちゃんはまた竹島と……援助交際を……」
『すみません、私もすぐにはっきりと分かりませんが……けれど、その可能性は高いでしょう。残念ながら』
先生は少し悲しそうな声色で、私にそう告げる。
「そんな……私、追加の講座も毎日受けてますし、定例会にだって積極的に参加してます! なのに、何でですか?! 私の取り組みが悪いんですか!?」
『落ち着いて、葵さん。人の運命はそう簡単にコントロール出来るものではありません。確かに葵さんが得を積み上げたのは事実ですし、とてもよく頑張っていると思います。けれど、それでも上手くいかない事も残念ながら多くあります』
「まだ、私の積み重ねが足りないのでしょうか……」
私の取り組みが悪いのなら、いくらでも努力する。運命を変えるのに必要な事があるのなら、何でもする。そのくらいの覚悟が私にはあった。
『あなたは熱心に我々からの教えを守り、全て実行してきましたね。あなたの熱意が本物だという事は私もよく分かりました。その上で……そろそろ次のステージに進むべきタイミングに至ったのかもしれません』
「まだ、私に出来る事が有るのですか!? 私、何でもします、だから!」
『ええ。けれど、それは今までとは比にならないくらいに辛く、苦しい道のりになるでしょう。それでもあなたは……次のステージへと進みますか?』
先生は私に問うが、私の答えは既に決まっていた。
先生と繋命会には人の運命を変える力がある。その力を使いこなせるかは私次第。ならば、私は努力する事を選ぶだけだ。
「はい、勿論進みます。それで、運命を変えられるのなら……私はどれだけ苦しくてもその道を進みます」
先生の問いに、私は迷わずそう答える。
『分かりました。では、あなたを次のステージへと導いて差し上げます』
そして、私は自身の為……そしてお姉ちゃんの為に、先生と繋命会に全てを尽くす事を改めて誓った。