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第48話 仏壇

 その日、私は朝からお母さんの仏壇へ手を合わせ、祈りを捧げていた。

 お母さんが自殺してから、お母さんの遺影を見る事すら避けていた私が、今はその遺影の前で両手を合わせている。少し前では考えられないような取り組みだ。


「おはよ~。もう何で今日起こしてくれないのよ~、遅刻確定じゃん」

 すると、お姉ちゃんが2階の寝室から降りてくる。

「ん? 珍しいじゃん、お母さんに拝むなんて」

 そして、仏壇へと両手を合わせる私を物珍しそうにお姉ちゃんが背後から覗き込んでくる。

「うん、たまには手合わせてあげないと可哀想だと思って。お姉ちゃんも全然手合わせてないでしょ?」

「まぁね……うん? てか、仏壇変わってない? え、いつ変えたの?」

 そして、ようやくお母さんの仏壇が変わっている事にも気付いたようだ。

 少し前に先生から譲り受けた仏壇が届いたので、先日取り替えたばかりのものだ。どうやらこの仏壇は繋命会の信者が用いる特別なもののようで、この仏壇には信者が集めた徳が分配されているとの事だった。

 これも先生から私に課せられた取り組みの1つだ。


「この前、新しいものが届いたから取り替えたの。あの仏壇、古いしちょっと汚かったから買い替えたいと思って」

「買い替えたって、お金は?」

「私のお小遣いから出したから、心配しないで」

「え、お小遣い増やして欲しいって言ってたの……もしかして、この仏壇を買う為だったの!? それなら私に言ってくれればお金出したのに……」

「私が替えたいと思ったんだから、私のお金で買うのが筋でしょ? お姉ちゃんは余計な心配しないで良いから。それに……これで徳が積めるなら、安いくらい」

 お姉ちゃんは心配そうに私を見つめるが、私は笑顔でお母さんに両手を合わせ、祈り続ける。

 心配などする必要はない。全て先生の言う通りにしていれば、またお姉ちゃんと幸せな生活が送れるようになるのだから。

 それまで、私はひたすら徳を積み続けるだけだ。


「……てか、何か変な臭いしない? 何、これ?」

 すると、お姉ちゃんは仏壇に供えられた『モノ』を手に取り、顔をしかめる。白い包装紙に包まれたそれは一見、包装紙に包まれた饅頭の類に見える。

 けれど、そこからは饅頭の香りではなく、何かが腐りかけた様な不快な臭いが漂っていた。


「ああ……腐っちゃったのかな、後で捨てておくよ」

「う、うん……」

 お姉ちゃんには供物の饅頭が腐ってしまったのだと言った。それを聞いて、お姉ちゃんは供物を再び仏壇へと戻す。


「お姉ちゃん、手洗っておいてね。汚いから」

「え、うん……」

 しかし、お姉ちゃんが手に取ったモノは饅頭などではない。それを知る事もなくお姉ちゃんは洗面台へ手を洗いに行ってしまった。


 自分でも悍ましい事をしている自覚はある。 

 けれど、これは先生から課せられた事でもあり、私やお姉ちゃんの運命の為でもある。

 その為なら、私は何者にでもなる。そう決意をしたのだ。


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