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第52話 死骸

 寒空の中、俺たち2人は立ち尽くしていた。


「こりゃ、酷いな……」

「今月もう4件目ですよ。何なんですかね、一体……」

 俺たちの視線の先には、赤黒く汚れた猫の死骸が地面に転がっていた。胸から腹にかけて、乱暴に切り裂けれている奇妙な死骸だった。

「さぁな。ただ……この辺りにイカレ野郎が潜んでいるって事は確かだろうよ」

 刑事である俺、若槻はタバコに火をつけ、白い煙を吐き出す。

「手口を見るに、こりゃ素人だな。傷口はズタズタだし、何度も皮を裂くのに失敗している。それに加えて死骸もその辺りに放っておくだけ……馬鹿な餓鬼の悪戯ってところか」

 何か根拠がある訳では、長年の経験からやった人間の大体の想像はつく。

「こんな残酷な事をする子供なんていますかね? 悪戯ってレベルじゃないですよ、これ」

 口元を押さえながら、同じ刑事である佐藤が言う。こいつと組んでそれなりの年数が経ったが、未だに新人気分が抜けない甘ったれた小僧だ。

「馬鹿野郎、子供だから残酷なんだろうが。大人になれば善悪の分別がつく事が、子供にはつかない。だからどんなに酷い事でもその時の感情で平気で実行しやがる」

「まぁ、最近は子供が起こす事件も多いですしね。全く恐ろしい時代ですよ……」

 最新の餓鬼は恐ろしい。簡単に周りに流され、その末路の想像すらせずに平気で悪事に手を染める。少し立ち止まり、考えてみれば分かる事であっても感情に任せて狂気に走る。


「この辺りでも何年か前に事件があった事、知ってんだろ? 倉田 和彦とかいう餓鬼が起こした、例の事件だよ」

「ええ、覚えています。ただ……不可解な点は何1つ解決しないまま捜査打ち切りになりましたよね。結局、全ては倉田 和彦の罪という事になりましたが……」

 それは、俺の刑事人生の中で最も印象深い事件だった。1人の少年が、自身の周囲の人間を惨たらしく殺害した。だが、初動捜査の段階で捜査は突如打ち切りとなった。

 不可解な状況が何1つ解決していない状況で、突如の捜査打ち切り。何かしらの圧力がかかったのは確かだが……組織からそう言われてしまえば、俺たち刑事はそれ以上何も出来ない。

「胸糞の悪いクソみたいな事件だった。ただ……今回の件で、そのクソみたいな事件の事を1つを思い出した。あの事件の被害者のガキの家からも、動物の腐った死骸がいくつも見つかったって話をな」

 それは初動捜査の際に発見されたものだ。結局、捜査は打ち切られその死骸が何を意味するものなのかは不明だが……包装紙に綺麗に包まれていた動物の死骸。とにかく君が悪かった事を覚えている。

「まさか、その事件と何か関連性があるとでも?」

「それは分からねぇ。ただ、これだけは言える。動物にあんな真似が出来る奴は、人間にも同じ事が出来る。近いうち……動物じゃなく、人間の死体がこの町から出るかもな」

「縁起でも無い事を言わないでください……」


 これは冗談ではなく、確実にそうだと俺は思う。

 人間だろうが犬だろうが猫だろうが、命である事には変わりはない。

 その命を躊躇いなく奪える人間は、いずれ自身の狂気に飲み込まれ、壊れていくだろう。


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