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第57話 便宜

 その後、私はお姉ちゃんとタクシーに乗って帰宅した。幸い、処方された薬を飲むと熱はすぐに下がり、体調はかなり楽になった。


 そして、その日の夜……お姉ちゃんとの夕食を済ませ、コーヒーを飲んで一息ついた所で私は竹島との話をお姉ちゃんへと確認する。


「お姉ちゃん」

「んー?」

「竹島先生から聞いた。治療費の事……」

「え、治療費? それがどうしたの?」

 私の言葉に、お姉ちゃんは不思議そうな顔を浮かべる。けれど、その表情が嘘である事を私は既に知っている。

「もう隠さないで良いよ。外で竹島先生とお姉ちゃんが会ってるの……私、もう知ってるから」

 私の言葉にお姉ちゃんは目を見開いて驚いていたが、その少し後には諦めたような大きな溜め息をつく。


「はぁ……絶対に秘密にしてって言ったのに、あの人は……」

「ごめん、私、治療費の支払いがそんな苦しい状況だって知らなくて….」

「なんで葵が謝るのよ。それに、支払いきれない額でもないし、もう大丈夫! 私もバイトしてるし、親父もお金だけは多く払ってくれてるから……」

 やはり竹島の言っている事は事実のようだ。

 雪代家にとって私の治療費の支払いが厳しい現実と、それと同時にお姉ちゃんがパパ活・援助交際などしていなかった現実を同時に噛み締める。

 複雑な感情だけど、喜びの方が大きいかもしれない。


「もしかして、お姉ちゃんが色んなバイトに沢山入ってるのって……」

「いや、それは普通にバイトをしてみたかっただけ! 全部が全部、葵の為に無理をしてやってる訳じゃないからね?」

 お姉ちゃんは色々なアルバイトを掛け持ちしていて、それ以外にも短期や日雇いで働いている事もある。

 お姉ちゃんは遊ぶ為のお金と言うけれど、きっと一部は私の治療費や生活費に充ててくれていたのだろう。

「……そんな事も知らないで、私はずっとお姉ちゃんに口うるさく……」

「いや、秘密にしてた私が悪いし、葵は悪くないから! だから、泣かないでよ~」


 私は自身の愚かさを恥じた。

 嫌われる覚悟を持ってでも、あの時に直接確かめれば良かったのだ。回りくどい事などせず、はっきりと聞けばそれで済んだのに。

 そうすれば『徳』など積む必要もなく分かり合えたのに。


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