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第58話 自己嫌悪

 それから1週間程か、私は強い自己嫌悪に襲われてきた。

 結論から言うと、お姉ちゃんはパパ活も援助交際もしていなかった。それは、単なる私の勘違いだったのだ。全ては直接本人へ確かめる勇気を持たなかった私のせいだ。私が直接お姉ちゃんへ確かめていれば、ここまで話が拗れる事も無かった。

 そして、本来なら繋命会や先生に頼る必要も無かったという事だ。


「はい」

『もしもし、葵さん?』

 ある日の昼間、先生からの電話が鳴る。

 そういえば今日は定例会の曜日だったが、私は参加をしなかった。それに加え、ここ最近は講座の受講もしていない。それについての連絡だろうか。

「あ、先生……どうしたんですか?」

『どうしたも何も……ここ最近、講座も受けていないようですし、定例会にも参加していないでしょう。あんなに熱心だったあなたが、どうしたのですか?』

 先生は本当に心配している様子だったが、私の疑念は先生に向き始めていた。

 事実を知った今、あの時の先生は私に嘘を吹き込んでいた事になる。パパ活や援助交際などと私の不安を煽り、私を繋命会へと誘導した。

「先生、ごめんなさい。実は……もう、私が徳を積む必要が無くなったんです」

『どういう事ですか?』

「竹島先生とお姉ちゃんに直接聞いたんです、密会の事……そしたらパパ活でも援助交際でも無いって事が分かりました。だから、もう私の中の『苦悩の香り』はすっかり消えてしまって……ごめんなさい、先生にも連絡しなきゃとは思っていたんですが……」

 私は勇気を振り絞って先生へ今の心中を伝える。

 ここで逃げたらこの前と同じだ。直接気持ちを伝える事が何よりも大切だと私は学んだのだ。


『竹島とは、茜さんと会っていた男ですね。その男は何と言ったのですか?』

「私の治療費について、お姉ちゃんから相談を受けていたらしくて……だから、パパ活でも援助交際でも無いんです!」

『茜さんも、そう言ったんですか?』

 先生は冷たい声色で、淡々と私に問い掛ける。

 吃りながらも、私は精一杯答える。

「はい、家に帰ってから聞いたら、お姉ちゃんもそうだと……」

『そうですか……』

 すると、先生は電話越しに大きな溜息を吐いた。

 それは心底悲しそうで、私を哀れんでいる様にも感じる。


「あの、先生……何か?」

『葵さんは、その言葉を信じるのですか?』

「え?」

 先生から発せられた言葉は、酷く冷たいものだった。まるで私に呆れ返っている様な口調に、少し心が縮こまる。

『普通に考えてみてください。2人で口裏を合わせ、嘘をついているのでしょう。そもそも竹島と茜さんは明らかに不適切な関係性なのですから、事前に言い訳の1つや2つくらい用意しているのが当然です。それでも、葵さんは無条件に2人の言う事を信じられるのですか?』

「まさか、2人が私に嘘をついているって言うんですか?」

『葵さん、あなたは信じたいのでしょう。理想に縋りたいのでしょう。2人がこれ以上、自分に嘘をつくはずがない。騙すはずがないと。今回の件は自分の単なる勘違いだった……そう思えば、これ以上傷付く事はありませんから』

 先生の言葉は正しくて、苦しかった。

 冷静に考えれば、2人が嘘をついている事だって十分に有り得る。けれど、私はその可能性を自身の中で完全に排除していた。

 それは、2人に対する信頼ではない。私自身がそう思い込みたい、その願望の表れだ。

 疑わず、嘘を暴かなければ2人の言葉がそのまま事実になる。私は、それで全てを終わらせたかったのだ。


「……先生は、2人が嘘をついていると?」

『はい。よく考えてみてください、今まであなたにずっと嘘をついてきた2人が……何故、今回に限って嘘をついていないと言えるのでしょうか? それに……』

 すると、先生は電話越しに鼻を鳴らす。

 何かを嗅いでいるような、微かな音だ。


『消えていませんよ、葵さんの『苦悩の香り』は。電話越しでも分かるくらい強い香り。つまり、物事は何も終わってなどいないのです』

 先生の言葉に、私の体温は一気に下がる。

 そして、全身に不快感が広がる。


『近いうちにまたお邪魔しても良いでしょうか? そこで詳しくお話ししましょう』


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