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第60話 嘘つき

 翌日、いつも通りの日常がいつも通り広がっていた。

「じゃあ、行ってきます」

「いってらっしゃい」

 いつも通りお姉ちゃんを見送り、いつも通りの日常が始まる。

「あ、ごめん今日は夜遅くなりそう。ちょっと竹島先生と支払いの話があって」

「あ、うん……」

 ただ、いつも通りではないのは私の心だ。

 今、この瞬間もお姉ちゃんは私に嘘をついている。

「だーかーら! 葵が落ち込まないの! お金の事は私が何とかするから!」

「……うん」

 そう言ってお姉ちゃんは私の頭を撫でるが、今はそれすら汚らわしく感じる。


「じゃ! 晩御飯は先食べて良いから!」

 そう言い残し、お姉ちゃんは走って玄関を出て行ってしまった。

 お姉ちゃんは私を上手く騙したつもりなんだろう。嘘をついてもすぐに騙される馬鹿な妹だと軽蔑しているんだろう。

「……嘘ばっかり」

 私は玄関に立ち尽くし、1人そう吐き捨てた。


 その日から、私は供物の調達を再開した。

 先生の指示を聞き入れ、忠実に実行する……その繰り返しの日々が再び始まったのだ。

 けれど、辛くはない。それどころか、心が楽になるくらいだ。1人、何もしていない時間は何よりも辛い。


 昼間、誰もいないキッチンに立つ。

 そして、まな板の上には絶命して間もない黒いカラス。かなり激しく暴れられたので手こずったが、何度か包丁で突き刺したら動きが止まった。


「羽根はもいで、皮を剥がして……」

 私はキッチンが汚れる事も気にせず、乱雑に羽根をもぎ、包丁をカラスへ突き立てる。

 赤黒い血が四方八方に飛び散るが、そんなものは構わない。微かな温度の残る肉を指でこじ開け、体内の臓物を掻き出す。

「ごめんね。でも、みんなの為だから」

 伝わるはずもないのに、私はカラスの死骸にそう語りかけていた。

「……助けてください、お願いします」

 これで、私とお姉ちゃんの運命を変えられるのなら……その一心で、私はカラスの死骸の解体を進めた。


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