それから更に3日ほど経った頃、先生が突然自宅へとやって来た。普段は来る前には連絡があるのだが、今回はそれもなく突然だった。
先生の雰囲気も普段とは少し違うように見受けられたが、私はいつもの通り先生をリビングへと案内する。
「葵さん、あれから私と側近で竹島の周辺を探ったのですが……想像以上に厄介な男でした。あの男の周囲にいる限り、その周辺の人間は通常の供物や徳による『御利益』を受ける事は出来ません」
「そんな!」
先生は徳を積み続ければ運命は変えられると言った。こんな私でも、幸せになれるのだと言った。
なのに、竹島がいるからそれらが全て無駄になる? ふざけるな、と私の中で怒りが湧き出す。
「ふざけないでください! 私は、私はこれまで何の為に……」
「その理由をお伝えしましょう。奴の魂の大半が、既に悪霊へと変異し始めているのです。奴はもう、人間とは呼べる存在ではありません」
「悪、霊?」
先生の言葉は信じ難いものだった。
悪霊? 魂? 話が飛躍し過ぎている。
けれど、その言葉を吐く先生の表情は真剣なものだ。
「ええ、信じられないかもしれませんが……奴は既に人間とは違う生き物なのです」
「どういう、事ですか……?」
「人間とは本来、正邪2つの魂を待っています。どんな聖人君子であっても、必ず邪の魂を持ち合わせているものです。そして、本来であればその正邪のバランスはどんなに崩れたとしても半々……つまり、5:5を超える事はありません。何故なら、その比率が人間でいられる最低ラインだからです」
本来なら信じ難い話だが、先生が語るその言葉には不思議と説得力があった。
「そして、その比率を超えて邪が正の魂を侵食し始めた時……人は罪を犯します。殺人、強姦、誘拐……悍ましい犯罪の加害者は全て、この正邪の比率が壊れた者達なのです」
先生の話では竹島の心は既に正邪のバランスが壊れ、悪霊に堕ちかけている状態だという。
そして、その悪霊とは文字通り周囲の幸福を食い荒らす忌まわしき存在だという。
「葵さん、前に『幸福の再分配』の仕組みについての話しましたね?」
「……はい、伺いました」
「奴ら悪霊は、周囲の徳と幸福を餌にしています。つまり周囲に悪霊が潜んでいる限り、徳を積み幸福を再分配するどころか、奴らに徳と幸福を無造作に食い荒らされてしまうのです。つまり、竹島が存在する限り……あらゆる供物も徳も、茜さんの幸福も全て食い尽くされてしまうでしょう」
竹島が存在する限り、その周囲の幸福は食い尽くされ、不幸に陥る。つまり、竹島が存在する限り……私たちは決して幸せにはなれないという事だ。
「それが、竹島……悪霊」
「はい、奴はもう人間ではなく悪霊です。奴が存在する限り、茜さんも葵さんも皆……不幸になります」
先生の言葉でなければこんな話は信じていないだろう。けれど、先生は特別だ。特別な能力を持ち、弱かった私をここまで導いてくれた。
どちらにしろ、他に信頼出来る人など私にはいない。それならば、このまま先生に着いていく以外の選択肢はない。
「……じゃあ、竹島は私とお姉ちゃんの幸福まで……」
「お2人だけではありません。奴は、更に多くの人達の幸福を奪い、酷く苦しませています。そして葵さん、あなたもその被害者のうちの1人なのです」