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第68話 断罪と除霊

 先生が手を挙げると、側に控えていた暴力団風の男が事務所を出て、すぐにホースを引っ張ってくる。そのホースは隣の部屋へと繋がっており、恐らくはどこかの蛇口に繋がっているのだろう。


「まず、汚された血を抜いて肉体の浄化を始めます」

 そして、先生は男からホースを手渡され、その先端を浴槽の中へ放り込む。

 それを見て、私は一瞬でこれから起こる事を想定する。この浴槽に水を流し込み、竹島を出血死させるのだろう。ドラマや映画でよく見る、浴槽の中で手首を切って自殺を図るものと同じ理屈だ。

「先生、そんな事したら……」

「はい、肉体としては死を迎えるでしょう」

 両手首と両足首を失った竹島を水を張った浴槽に沈めれば、傷口から血が溢れ出し間違いなく絶命する。先生はそれを分かった上で、それを実行しようとしているのだ。


「そこまで、する必要があるのでしょうか……?」

「葵さん、あなたのそれは優しさではありません。これ以上、罪を重ねる前に肉体から悪霊を解放してやるのがせめてもの温情です。このままこの悪霊が竹島として生き続ければ、更なる少女達が犠牲となるでしょう……私は、許せないのです。そんな事は、絶対に」

 浴槽の中でぐったりした竹島を睨みながら、先生は鬼のような表情を浮かべる。

 こんな先生の顔を見るのは、私も初めてだった。


「んー……っ、ぐ……」

 そして、そんな先生と目が合ったからか竹島が再び騒ぎ始める。口をタオルで縛られており、何を言っているのかまでは分からない。

「先生、さっきから竹島が何か……」

「……往生際の悪い。良いでしょう、最期に言い分だけは聞いてあげましょう」

 先生が再び手を挙げると、周りの暴力団風の男が浴槽へ近付き、竹島の口の拘束を荒々しく解く。


「た、助けてくれ……な、何が目的なんだ……金か」

 弱々しい声だったが、竹島は必死に言葉を搾り出す。大量の出血で、意識も朦朧としているだろう。

「いいえ、我々が望むものは……あなたの肉体から悪霊を解放し、除霊を行う事だけです」

「悪霊、除霊……あんたらイカれてんのか……あ、葵ちゃん、助けてくれ……子供の頃からの付き合いじゃないか……早く警察に……お金なら、いくらでも……」

 竹島は私の存在にも気付いていたようで、手首を切り落とされた腕を必死にこちらへ伸ばしてくる。

 この男はこの期に及んで私に助けを求めてくる。私やお姉ちゃんを散々食い物にしてきたこの男は、当たり前かのように今、私に助けを求めてきている。

 その瞬間、僅かに残っていた迷いや雑念が、完全に消え失せた。この男は……人間ではない。


「……子供の頃から、あなたの元へ通うのが本当に辛かった。あなたの欲望の捌け口に自分の身体が使われているという事を理解した時……自分がとてつもなく哀れで、汚く思えて、死ぬ事だって考えた」

「……出来心だったんだ……うちにも同じくらいの歳の娘がいたから、スキンシップのつもりで……」

「スキンシップで、女の子を盗撮して……それをネットで売り捌くんですか? あなたが裏で何をしていたのか私は全て知っています。だから、ここにいるんです!」

 私は心の中の怒りを言葉に変えて、それを竹島に叫んだ。


「はは……参ったな……全部、バレてるなんてね」

 それを聞いて、竹島は諦めたように笑った。

 自分の助かる可能性が潰えた事を自覚したのか。

「君たち姉妹の作品は結構売れたなぁ……世界中の変態たちが、君達の身体を……」

「やめて!」

 私を反射的に耳を塞ぎ、その場にしゃがみ込む。

 それでも竹島は話す事をやめない。

「ああ……でも茜ちゃんはああ見えてガードが固くてね……作品作りには苦労したんだ……」

「何で、何でそんな事をするんですか!? 私たち、あなたに何かしましたか!?」

「何も……ただ、僕がやりたいからやった……それだけさ……」

 竹島は助かる事をもう諦めたのか、不敵な笑顔を浮かべ私を挑発する。

 もしこの時、竹島が惨めに泣き叫び、命乞いでもしたのなら私の気持ちも変わったかもしれない。

 けれど、目の前の悪霊は違う。この期に及んで私を挑発し、嘲笑っている。

「葵さん、もう十分でしょう。コレは既に人間ではありません。ここで除霊しなければ、更に罪を重ねるだけです」

 間違い無い。目の前のコレはもう人間とは呼べない悪霊だ。今、ここで殺す以外の解決法はないのだと改めて私は思い知った。


「……はい。先生の言う事がよく分かりました。水道の蛇口、どこですか?」

 私は先生の隣にいたガラの悪い男に尋ねる。 

 すると、男は無言で歩き出し、私を水道のある部屋へと案内する。

「葵さん」

「大丈夫です、私がやります。やらせてください」

 正直、人を殺すのは怖い。本当は殺したくなんてない。けれど、この男だけは……この悪霊だけは自らの手で始末しなければ一生後悔すると思った。


「おい! 俺を殺しても、ネットにばら撒かれたお前や姉の醜態は消えないぞ! はは、可哀想に……」

 私の背中に、竹島は最後の力を振り絞って大声を張り上げる。けれど、私はもう振り返らない。

「……さようなら」

 その一言だけを吐き捨て、私は竹島の元を離れた。


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