それから1時間ほど経ったか。
私は蛇口を自らの手で捻り、あっという間に竹島の入る浴槽は水で一杯に満たされた。
最初は叫んでいた竹島も、出血が進むにつれて徐々に弱り、やがて動かなくなった。
浴槽に満たされた水は真っ赤に染まり、竹島の身体中の血が全て流れ出たのではないかと疑いたくなるくらいに綺麗な真っ赤だった。
「……お疲れ様でした。気分はどうですか?」
事務所のソファに腰を下ろし、休んでいた私に先生が缶コーヒーを手渡してくる。
「不思議と落ち着いています。猫や犬や鳩を殺した時より、よっぽど」
不思議な事に罪悪感や嫌悪感は全く無かった。
それどころか清々しく、どこか満たされたような感覚だ。無垢な動物を殺し、解体し、供物にする事の方が余程辛かった。
「アレは悪霊ですからね。動物と違って、この世に存在すべきではないモノです」
「……」
浴槽に沈みかけている竹島の肌は、血が抜け過ぎた影響か真っ白だ。私の手で、悪霊を解放した、浄化したのだ。
「竹島の死体はこちらで諸々の処理した後、臓器提供に回します。表と裏のどちらでも臓器提供を待っている人達は大勢いますから。あんな悪霊でも、最期は役に立つものです」
あんな男の臓物でも、役に立つ。
私のやった事が、世の中の役に立つ。
私は自身の行動を誇らしく思う。
身体の弱い私だからこそ、臓器提供やドナーの重要性は痛い程分かる。私自身もこの身体を誰かの身体と総入れ替え出来たらと何度も思った事がある。
それから少し、休憩がてら先生と少しお喋りをした。お菓子を食べ、コーヒーを飲みながら話していると、私は昔お母さんとお喋りしていた時の事を思い出す。
「先生」
「はい?」
「先生は、一体……何を目指して、こんな事を? 捕まったりとか、怖くないんですか?」
それは、自然と湧き上がった疑問だった。
先生に特別な力がある事は分かる。けれど、その力を私欲の為だけに使う事も出来るはず。
けれど、先生は私を含め世の中の弱者を救おうと繋命会を組織した。その理由を単純に知りたいと思ったのだ。
「……私はこの繋命会で、恵まれない人達を1人でも多く救いたい……それだけです。今回だって、茜さん、葵さんを救いたい……ただ、それだけの事です」
「けれど、私なんて……この間知り合ったばかりで……なのに、どうしてここまで」
「確かにそうですね。もしかしたら、葵さんだからこそ、ここまで出来るのかもしれません」
先生は私の顔を見て、優しく微笑む。
けれど、それは少し哀しそうな表情にも見えた。
「私にも、茜さんや葵さんの歳くらいの娘がいたんです」
「いた?」
「ええ、何年か前に自殺しました」