「そうですか……」
私は目を伏せ、先生の顔から視線を外す。
まさか、先生にそんか過去があるとは思ってもいなかった。
「少し、私の昔話に付き合っていただけますか?」
しかし、先生は私の言葉に気分を害したような素振りも見せず、自身の過去について淡々と語り始める。
「娘は優姫という子でした。名前の通り、優しい子で……本当に良い子でした。けれど、優姫はある日、とある男に誘拐をされたのです」
先生はコーヒーを口に含み、ゆっくりとそれを喉に流し込む。
「犯人は酷く醜い男でした。ただ自らの欲望を発散する為だけに……玩具として優姫が選ばれてしまった。ただ、その時その場にいたという理由だけで」
私は竹島を思い出す。自らの欲望の為だけに弱者を食い物にする……そんな男はこの世にごまんといいう事だ。
「それから、優姫は何年もの間、人間としての尊厳を悉く破壊される様な凄惨な暴力、虐待を受け続け、私達の元へ戻って来た時にはもう……身も心もボロボロでした。そして、それから数年後に優姫は自らの人生に絶望し、自ら命を断ちました。何の罪もない女の子が……1人の男、いえ1匹の悪霊によって全てを奪われたのです」
「そんな……」
先生の凄惨な過去に、私は言葉を失う。
「その後、私は繋命会を発足しました。いえ、正確には娘から引き継いだというのが正確ですね。元々、娘が自分と同じ様な境遇の人達を救いたいと始めたのが繋命会ですから」
自分の人生に絶望しながらも人を救う為に尽力した先生の娘さんは、本当に優しい人だったんだろうと思う。
「それから少しした後、私は人の心を『香り』で読み取れる様になりました。それから更に時間が経つと、悪霊の『香り』も嗅ぎ分けられる様になりました。この力は優姫が天国から私に授けてくれたものだと思っています。ですから、私が繋命会として活動する事は……弔いでもあり、天命なのです」
そして、先生も凄惨な過去を乗り越え、人を救おうと尽力している。
私は当初、出会った時には先生を疑っていた。けれど、それは大きな間違いだった。
先生は、本当に強くて、優しい人だ。
「今回、竹島を見た時……娘を壊したあの悪霊の姿が頭に浮かびました。何の罪も無い子供達を壊し、汚し……私はそんな悪霊たちがこの世に存在している事が許せません。だから……私はこれからも活動を続けます」
「……私は先生に救われました。今日、竹島が消えた事で私以外にも救われた人は大勢います。だから……私は、先生をこれからも信じます!」
私は無意識のうちに先生の手を握り、宣言する。
まるで落ち込んでいるお母さんを元気付ける娘のように。
「ありがとうございます。今の私はとても恵まれています。私を慕って着いてきてくれる仲間達が大勢いるのですから。勿論、葵さんもその一員です」
「はい! ありがとうございます!」
この温かい気持ちは、家に篭っていた頃では絶対に感じる事の出来なかった感情だ。
私やお姉ちゃんの運命を変える事も勿論大切だ。けれど、こうして自身の行動が世界の運命すら変える……そんな現実に、私は大きな達成感すら感じていた。