それから数日後の昼、玄関からドタバタと足音が聞こえてくる。この慌ただしい足音はお姉ちゃんのものだろう。
「お姉ちゃん! ただいまくらい……」
「葵! これ、これ見て!」
「もう、何……」
お姉ちゃんは私の言葉も聞き入れず、私にスマートフォンの液晶画面を見せつけてくる。
それに目をやると、そこには見覚えのある顔が載っていた。竹島の顔写真だ。
「これ、竹島先生なんだけど……この前からずっと行方不明だって。病院もずっと無断欠勤してるらしいの……」
「へぇ……」
「へぇって……」
お姉ちゃんはかなり慌てた様子だったが、私は全く動揺しない。何故なら、竹島の結末を直接目の当たりにしたのだ。驚く事など何も無い。
「この前、診察で葵と竹島先生で喋ってたじゃん。あの時、何か妙な事とかなかった? 変わった様子とかさ」
「別に何もないよ」
「てか、SNSとかで拡散した方が良いかな……もしかしたら、何か知ってる人がいるかも!」
「あのさ、何でお姉ちゃんがそこまでするの? 警察に任せれば良いじゃん」
「何でって……子供の頃から診て貰ってる人じゃん、葵は心配じゃないの!?」
珍しくお姉ちゃんが声を荒げる。
お姉ちゃんにとっての貴重な金づるが突如行方不明になって焦り出しているのだろうか。
「いや、それは心配は心配だけどさ……」
「……私だけじゃ大した事は出来ないけど、出来る事はしたいと思ってる。だからさ、葵も何か新しく分かった事とかあったら教えて! 葵には迷惑かけないからさ!」
「うん……」
いくら金ずるだったとしても、お姉ちゃんがここまで竹島を心配するとは思っていなかった。
理由はどうあれ、私はお姉ちゃんの運命を変える為に竹島をこの手で殺したのに……なのに何で、お姉ちゃんは竹島の事ばかり話をするのだろう。
「でも行方不明って……何か怖い。何も無ければ良いけど……」
「なら、お姉ちゃんもしばらくは真っ直ぐ家に帰って来てよね。バイトも極力抑えてよ!」
「えー!」
「えーじゃないよ! ここ最近、この辺りも物騒なんだから」
「え、そうなの?」
「ほら、お姉ちゃんの友達の犬の件とか、この前も公園に猫のバラバラになった死骸が散らかってるって、昼間に大騒ぎしてたんだから」
「ああ……結局、犯人は捕まってないって言ってたな……犬の件」
「だから! しばらくは急用が無い限りは早く帰ってくる! 分かった?」
「あー、うん……」
竹島も消え、お姉ちゃんを縛り付けるものは無くなった。これで、私とお姉ちゃんの生活を邪魔するものは無くなったはず。
特別なものは何も要らない。ただ……お姉ちゃんと静かに過ごせれば、私はそれで十分だ。