「はい」
『こんにちはー! 茜いる?』
土曜日の昼、亜里沙が突然自宅を訪問してきた。
「……朝からバイトです」
『えー、まじか。ちょっと前だけど旅行に行ったから、お土産渡そうと思ったのに』
インターホン越しに冷たく対応する私の事など気に留めず、相変わらず亜里沙はハイテンションだ。
玄関のドアを開けると、露出度の高い私服を纏った亜里沙がそこには立っていた。訪問の要件としては、旅行のお土産をお姉ちゃんに渡しにきたとの事。
「はい! これね、お土産」
「じゃあ、お姉ちゃんには渡しておきますから」
今日じゃなくて月曜日にでも渡せば良いのにと思いながら、私は亜里沙からお土産の饅頭を受け取る。さっさと受け取って、早く帰ってもらおう。私はその一心だった。
「じゃあ、私はこれで……」
『……せっかくだし、今食べちゃわない? 葵ちゃんの分もちゃんとあるから』
しかし、亜里沙に私の願いは届かなかったようだ。亜里沙はそう言って、半ば強引に家の中へと上がり込んできた。
家に上られては、流石に無理矢理追い出す事も出来ない。私は仕方なくコーヒーを淹れて、亜里沙と共にお土産の和菓子を食べる事にする。
「この前、友達と2人で温泉行ったからそのお土産ね!」
「ありがとうございます」
「あれ、あんまり饅頭とか好きじゃなかった?」
「いえ、好きです」
「なら良かった。沢山買ったから遠慮なく食べて!」
「あの……」
「ん?」
「なんで、そこまでして私に構うんですか? 私と話してても退屈だと思うんですが」
「ん? そんな事ないよ。葵ちゃん、しっかりしてるし、周りの友達にあんまりいないタイプだから新鮮で」
私は亜里沙へ私に構う理由を聞いてみた。本来なら亜里沙はお姉ちゃんの友達で、私に構う必要などないはず。お土産だって、私の分なんて本来買う必要なんてないはずだ。
なのに、友達でもない人間にここまでする事は普通なのだろうか? 部屋に籠りきりだった私にはよく分からない。
「妹さんに、似てるからですか?」
そして、私は直接的に確信をつく。
無神経な質問だと自覚はしていたが、私がそこまで気を揉む必要もないだろうと思い、口に出してしまった。
「あー、茜から聞いた?」
「はい」
亜里沙は少し驚いた様子だったが、特に怒る事もなく照れくさそうに頭を掻く。
「あはは、暗い雰囲気になるからあんまりこの話はしないんだけど……ぶっちゃけ、それもある。私と違って妹は静かなタイプだったから、ちょっと葵ちゃんに似てるのかも」
「そうなんですか……」
「私、茜って凄いと思うの。勉強と運動は出来るし、明るいし、妹の葵ちゃんとも仲良いし……あんなに頼り甲斐があるお姉ちゃんだったら私も良かったんだけどね。私、中学の時かなり荒れてたから……きっと妹も私の事、嫌ってたと思う。まぁ、嫌われても仕方がない様な事ばっかしてたし、自業自得なんだけどね」
亜里沙は自嘲気味に笑う。
確かに亜里沙は今でも派手な見た目だが、荒れているという印象は受けない。
亜里沙の言う荒れていたがどのくらいのレベルなのかは分からないが、恐らくは相当な事をしてきたのだろう。
「あー、ごめんね! 変な話して! 私、勝手に葵ちゃんを友達だと思って絡んでるけど、ウザかったら言ってね! そしたら……」
「妹さん、心から嫌ってはなかった思います」
「え?」
「すれ違いはあったのかもしれないけれど、心の底から姉の事を嫌える妹って……いないと思います。兄弟で家族だし……すみません、ただの憶測ですけど。それに、うちのお姉ちゃんだって完璧に見えても本当は全然そんな事ないんですよ。家だと適当だし、だらしない部分だって沢山あります。でも、そんな部分も含めて私はお姉ちゃんが好きです。だから……」
自分でも途中から何を言っているのか分からなくなってきた。けれど、目の前の亜里沙を何とか勇気づけなければならない……そんな気持ちからの言葉であった事は確かだ。
「葵ちゃん、慰めてくれてるの? 私の事」
「いや、別に……」
別に亜里沙の事などどうでも良いはず。けれど、この人にも妹がいて、その妹にとっては唯一無二のお姉ちゃんだった。そんな妹を今でも想い続けている亜里沙が、何故だか愛おしく感じられたのだ。
「優しいなぁ、葵ちゃんは……本当、妹に欲しい」
「ちょっと、近い……」
すると亜里沙は席を立ち、席の後ろから私の事を抱き締める。距離が近くなって、甘い香水の香りが漂ってくる。
「はぁ……葵ちゃん、良い匂いする……肌白い」
「ちょっと、暑苦しい……っ!」
「……2人とも、何してんの?」
すると、リビングの入り口から声がした。
そこに立っていたのはお姉ちゃんだった。
「茜……」
「お姉ちゃん……」
そういえば、午前のバイトが終わったら1回家に戻ってくるって言っていたっけ。私たち3人の間に沈黙が流れる。
「ああ~……女の子同士って言うのも、まぁ、良いんじゃないかな……今の時代」
「全然違う!」
お姉ちゃんの勘違いに、私は全力で抗議した。