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第96話 着信

 それから2日後の昼、突如として亜里沙から着信が入った。


「亜里沙さん?」

『あ、葵ちゃん 今……大丈夫?』

 声の主は間違いなく亜里沙だったが、その声に生気は無い。まだ体調が悪そうだ。

「はい、大丈夫ですけど……亜里沙さん、学校は?」

『ちょっと体調崩しちゃって……今日は休んじゃった』

「大丈夫なんですか?」

『大丈夫。あ、そんな事より葵ちゃんに伝えなきゃいけない事があってさ……この前はごめんね』

「いえ、亜里沙さんが大丈夫なら安心しました。お姉ちゃんも心配してましたから」

『ああ、ごめんね……茜にも謝っておく。本当にごめんね』

「大丈夫ですって。お姉ちゃんも私と同じ事言うと思いますけど」

 亜里沙は声を振り絞るようにして私とお姉ちゃんに謝罪する。ひとまず、亜里沙の声が聞けただけでも私は一安心した。


『……それと、本当はもう1つ用件があってさ。葵ちゃんは、大丈夫なの?』

「……私ですか?」

『そう、葵ちゃんの事』

 すると、亜里沙は次に奇妙な質問を投げかけてきた。私が大丈夫? どういう意味なのかがすぐには理解が出来なかった。

「私は大丈夫ですよ、いきなりどうしたんですか?」

『嘘、だよね。本当は大丈夫なんかじゃない』

「あの、亜里沙さん? 何言ってるんですか?」

 亜里沙の言っている意味がよく分からない。


『ごめん、あの日……私、見ちゃったんだ。仏壇のお供物の中身』

「え……」

 亜里沙の言葉に、私は思考を停止する。

 仏壇の供物の中身を、見られた?

「和室に2人の写真が並んでて、その中であの仏壇をみつけて……近くに寄ったら、嫌な臭いがした。どこかで嗅いだ臭い……そう、動物の血と肉の臭いだってすぐに分かった」

 頭の中が真っ白になった。

 絶対に見られてはいけない、知られてはいけない。これが知られれば、全てが終わってしまう。

 だから亜里沙が来た時は仏壇は奥にしまって、布を被して隠していたのに……甘かった。

「ソレの中を見たら、案の定だった。信じたくはなかったけれど……葵ちゃんなら、平日の昼間でも自由に動けるもんね」 

 亜里沙は既に確信していたようだった。私が……一連の動物虐待の犯人だという事を。

 動物の死骸の一部を持ち帰り、供えるなんて普通ではあり得ない。そして、そのあり得ない事を……私はしている。

「……私が一連の動物虐待の犯人だって、通報しますか? 亜里沙さんの大切なペットを傷付けて、殺したのも私だって……」

 私は無意識のうちに言葉を吐き出していた。

 既に諦めたのか、それとも亜里沙に見逃して欲しいのか……自分でもどんな感情なのかが分からない。

「しないよ。葵ちゃん、本当は苦しいんでしょ? 苦しいからこんな事するんでしょ?」

「え?」

 けれど、亜里沙から発せられた言葉は意外なものだった。

「確かに、葵ちゃんのした事は酷いし、許せない。正直、殺したいくらい憎いよ。けど、それだけ苦しんでるんだなって気持ちも……何か分かるんだよ」

「は……?」

「私、中学の時に荒れてたって言ったじゃん。その時……実は同じような事をした事がある。殺したりはしてないけど、その辺の野良猫を蹴っ飛ばしたり、叩いたり……数え切れないくらいやった。ただ、自分のストレスを発散する為だけに」

 亜里沙は私に対し、哀れむような口調で話し続ける。その気遣いが余計に罪悪感を増幅させる。

「私、動物を救う為に獣医になりたいなんて言ったじゃん? けど、本当は……罪滅ぼしなんだと思う。自分がやってきた事を清算したくて、そんな夢を見てるんだと思う」

「……」

「だから、葵ちゃん。私の事をこれからは頼ってよ。私だって同じ穴のムジナだから、辛い事があるのなら話して欲しい」

「……」

 亜里沙の優しさは本当に嬉しかった。

 けれど、言えない。繋命会の事なんて口が裂けても言えない。

 だって、動物虐待どころか……私は既にそれ以上の事をしているんだから。

「……分かった。今すぐに答えは出さなくても良い。来週、またお家行っても良いかな? 茜がいない時に。そこで話そうよ」

「はい……」

 もし繋命会含め、私の全てを知った時……亜里沙は私の事をそれでも守ってくれるのだろうか。


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