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第115話 家

「良いよ、上がって」

「お邪魔します……」

 その日、私は初めて男の子の家に上がった。

 これまで男の子に告白されたりした事は何度かあったけれど、葵の事もあって正式にお付き合いをした事はない。

 よく意外に思われるけれど、私は恋愛というものに関しては殆どと言っていいくらい耐性がなかったのだ。

 だから、今はとても緊張している。


「家、結構片付いてるんだ」

「おいおい、どういう意味だよ。ちゃんと掃除くらいしてるわ」

 両親は殆ど帰って来ないと聞いていたけれど、玲くんの家は意外と片付いていた。

 玲くんとは付き合っている訳ではないけど……初めて付き合うという事を意識した事のある相手だという事は事実だ。玲くんは私をどう思っているのかは分からないけれど……。


「俺の部屋、こっち」

 そして、玲くんに案内されるがままに私は部屋に入る。

「……」

「適当に座ってて。なんか飲み物取ってくるから」

「ありがとう……」

 そして、私は目の前にある豪勢なソファにひとまず腰を下ろす。

 部屋を見渡すと、そこには高価そうな家具や家電が部屋中に配置されていた。元々裕福な家だとは聞いていたけど……予想以上だ。

「……連れてきておいてアレなんだけど、うち別に何もないんだよね。たまに帰って寝るだけの部屋みたいなもんだし。殺風景でしょ?」

「あんまり家には帰らないんだっけ?」

「うん、友達とか先輩とかの家に泊めて貰う事が多いかな。そっちの方が楽だし、寂しくないし」

 確かに部屋は片付いているが、それは日頃から整頓しているというよりかは、そもそもこの部屋自体をあまり使っていないという印象だ。


「親御さんは心配しないの? 外泊ばっかりだと」

「しないしない。前も言ったかもしれないけど、俺もう両親から完全に見捨てられてんの。仮に会っても会話もゼロ。笑えるでしょ」

「そうなんだ……」

 玲くんの両親は共働きだと聞いていた。そして、家族仲はあまり良くないという事も前に聞いていた。

「だから、茜の家とか凄いなって思う。妹ちゃんとあんな仲良くて。羨ましいよ」

「そんな事ないよ。妹は口うるさいし、喧嘩だってする事もあるし……」

「喧嘩する相手がいるだけ良いじゃん。俺なんて、そんな人もいないよ」

 改めて意識した事はないけど、私の家は外の人から見るととても仲良く映っているらしい。

 確かにお母さんが亡くなって、葵とは特別な絆があるとは思う。けど、うちだって父親とはずっと折り合いが悪いし、そんな特別な家族だと私は思わない。


「彼女さん……とかもいないんだっけ」

「いないよ。欲しいとは思うけど……」

「玲くん、モテるでしょ。その気になればすぐ出来るんじゃない?」

「さぁ、どうだろ……」

 私の問いかけに、玲くんは自重気味に笑う。

 彼女がいない……その一言に少し私は安心した。

 普段、あれだけ女の子に囲まれているのに、彼女がいないのは正直意外だ。


「理想が高過ぎなんじゃない? 普通の女の子だったら、玲くんに好かれたら絶対断らないでしょ」

「じゃあさ、茜は俺が付き合おうって言ったら付き合ってくれんの?」

 すると、玲くんがソファに腰を下ろして、隣から真っ直ぐな目で私の顔を覗き込んでくる。

 それを見て私の心拍数が一気に高まり、口の中が一気に乾く。

「……そ、それは」

「……」

 部屋の中が沈黙で包まれる。

 時間で言ったら数秒だったけれど、私にとってはとても長い時間に感じられた。

 緊張するけれど、なんだか心が温まる気がする。


「……冗談だよ。めちゃくちゃ顔赤くなってるし」

「もう! からかわないでよ!」

 玲くんの言葉に、私は顔を真っ赤にする。

 けれど、玲くんはその表情を見て安心したように息を吐いた。

「はは、ごめんごめん。でも、ようやく笑った。ここ最近、茜が笑うの全然見てなかったから」

「え?」

「でも、ようやく笑ってくれて良かった。安心した」

「玲くん……」

 言われてみれば、久々に自分の口角が上がる感覚を思い出した気がする。亜里沙がいなくなってから、ロクに笑ってもいなかったっけ。


 その時、私はようやく理解した。

 玲くんは私の事を心配して今日遊びに誘ってくれたんだ。最初は単なる気まぐれかと思ったけど、目の前で安堵する姿を見ると、本当に私の事を心配してくれていたんだと感じる。


 私の胸は、喜びと緊張で今までにないくらいドキドキしていた。

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