4-1
――いないんなら、しょうがないな。
一度呼び鈴を押したが、反応がない。
それなら留守という事だろう。仮に中に人がいたとしても。
出ないという事は、そういう事だ。
――ぶっちゃけ、JK苦手だし。
特に前回の事件の被害者にして加害者となった
警察だから、どちらか片方に肩入れする事は褒められた事ではないが。
「なあ、赤西……」
秋羽は早々に立ち去ろうと茉莉に声をかけるが――
「待て、白石」
茉莉は目をすっと細くして、小さな声で言った。
「いるな」
「え? いるって、保坂絵里がか?」
「ああ」
「そりゃあ、居留守使っているかも知れないけど……」
「いや、違う。扉の前にいる」
「扉の前に……!?」
何でそんな事が分かるんだろう、と思った直後、茉莉は無表情のまま玄関を指差した。
「のぞき穴をよく見ろ。じゃっかん光っただろう。あれは中から誰かが覗いていて……」
何この人、怖い。
というか、のぞき穴の意味ねえ。
「それに、微かだが、人間の呼吸と、布が擦れる音が……」
「お前はハンターか何かなのか」
「何の話だ? 私は刑事だぞ」
「うん、知ってる」
そんなやり取りをしていた時、ゆっくりと玄関扉が開いた。
「!」
「……」
怯えるような、けれども一縷の希望を抱いているような瞳で、その少女は現れた。
ボサボサの髪と青白い肌、そして乾いた唇。
不健康そうな格好をした保坂絵里は、無言で秋羽と茉莉を見つめる。
茉莉は初めて会うが、それでも今の彼女の精神状態が不安定な事はすぐに分かった。
「お前が保坂絵里だな? 私達は……」
「……刑事、さん……」
渇いた声を絞り出すようにして、絵里は呟く。
「……くだ……い」
「え?」
「助けて、くださいっ!!」
茉莉が思わず声を漏らした後、絵里が思いっきり息を吸って枯れた声で叫んだ。
*
とりあえず、いつまでも外で会話しているわけにはいかず、秋羽と茉莉は部屋の中にいれてもらった。
保護者がいない時に上がりこむのは正直気が引けたが、こんな状態の絵里を放って置くわけにもいかず、秋羽と茉莉はしぶしぶソファに腰かけた。
「それで……いてっ!」
と、秋羽が事情を聴こうとした時、隣の茉莉が脇腹を肘で突いてきた。
「おい、赤西」
「ここは私が話す。お前は空気が読めず、デリカシーがなく、意図せず他人を傷つける所があるからな。不用意な言葉で、状況を悪化しかねない」
「え? 自己紹介?」
「あ!?」
「いえ、何でもありません」
いつも
――でもやっぱり、お前にだけは言われたくない。
「とりあえず、お前の今の状況は大体だが、把握している。正確にはお前ではなく、お前達、だがな」
茉莉の言葉に、何かにずっと怯えた顔だった絵里が僅かに顔を上げた。
「お前達ってことは……」
「ああ。お前達が、過去に『鮮血ずきんちゃん事件』の加害者にして被害者となった女子生徒の誰か、或いは全員に対するいじめを行ったことがあること。そして、そのいじめが、ある配信者によって暴露され、家族関係や過去の犯した罪などが個人情報と共にネットに流出していること。そして……」
「私は悪くない!」
茉莉の言葉を遮り、絵里が叫んだ。
あまりの大声に、思わず茉莉も言葉を止める。
「だって、みんな、やっていたし……私はただ一緒にいただけ、それだけなのに! 勝手にいじめっ子グループ扱いされて、私の方が被害者なのにっ……なのに、勝手に私も悪いみたいな扱いになって! だから私……」
最初は取り乱すように叫んだ絵里だったが、叫んでいるうちに気持ちが落ち着いてきたのか、次第に誤魔化すような歪んだ笑みを浮かべ始めた。
「そ、そうだよ。私はただ巻き込まれただけ……ただいじめっ子達とも仲が良かったから、だから、それで勘違いされて……私は悪くなくて……け、警察もそれが分かったから、来てくれたんですよね? 私が悪くないから、私を誹謗中傷している奴らを取り締まるために、来てくれたんですよね? そうだよね!?」
「……」
茉莉は絵里をただ見つめていた。
隣に座る秋羽から見ても、茉莉の表情は不安を抱かせるほど無表情だった。
――あぁ、これはこいつが一番嫌いなタイプだ。
こういう顔をする時の茉莉が、相手にどういう印象を抱いているか分かっている秋羽はあえて何も言わなかった。
無表情の茉莉の目は、分かりにくいが不快や軽蔑の感情が色濃く現れている。
――こいつは好き嫌いがはっきりしているからな。
そして茉莉がこういう視線を向ける時は、軽蔑の感情が通り過ぎて、一切相手に興味がない時だ。
正義感や使命感の強い上に気が強い茉莉は、言いたい事ははっきり言ってしまう。
だから自分の正義に反する行為をされれば、その相手を叱りつける。
だがそれは、相手が「言うべき価値がある」時のみに限る。
――そういう所、こいつは生粋の刑事だな。
悪いことをした相手の罪をその場で罰し、ダメな所をはっきり言ってあげる優しさはある。
しかし言った所で無駄だと感じた相手には一切感情を向けなくなる。
更生の余地なしと判断した相手には、赤西茉莉は残酷なほどに無関心になる。
「だ、大体、いじめは、いじめられる方にも問題があるって言うでしょ? 『鮮血ずきんちゃん事件』だなんて起こした、頭のやばい人達だったんだから、いじめられても、仕方がな……」
「……そうか」
案の定、茉莉は興味を失くしたように、素っ気なく返しただけだった。
対する絵里は自分の味方になってくれるとでも思ったのか、嬉しそうに目を見開いた。
「そうですよね、やっぱり私は……」
「でも、いじめそのものはやったんだろ?」
「え……だから、それは……」
「これは持論だから、お前にもそうあるべきだと求めるつもりはないが……いじめられる奴らには、理由がある。それは私も同意見だ。理由がなければ、いじめられはしないだろう」
「そ、そうですよね」
「だが……」
そこで茉莉はひどく冷たい目で絵里を見た。
「それが、いじめをしていい理由にはならない」
「……っ」
茉莉の冷たい視線は正直怖い。
そんな目で睨まれたら、普通の女子高生は言葉を失って当然だが――絵里が言葉を失ったのは、他にも理由があると秋羽の目には映った。
――たしか、あの配信者のガキの情報だと、この子は……
「そもそも、いじめに大した理由なんてないんじゃないか? 学業の成績がいい者、足が遅い者。容姿が優れて目立つ者、逆に容姿が劣って目立つ者……そうやって集団の中で悪目立ちした者をターゲットとして見てしまう、お前達の性格が悪いだけじゃないのか?」
はっきり言っちゃったよ、この人。
「人をいじめるのに理由なんてない。人をいじめていい理由なんてない。まあ、もしあるとしたら、せいぜいそういった
「きっかけ……」
覚えがあるのか、絵里は静かに呟いた。
「火種なんてそこらじゅうに転がっているからな……いじめも、犯罪も。必要なのは理由ではなく、ほんの些細なきっかけ……悪意の火種というきっかけさえあれば、
「……っ」
絵里は悔しそうに唇を噛んで、視線を逸らした。
――相変わらず、正論で殴るな。だけど……
「まあ、今は誰が悪いとか、そういう話はなしだ。俺達は刑事で、刑事として君に会いに来た」
これ以上茉莉が彼女の精神にクリティカルヒットな発言をして、潰してしまう前に、秋羽はさり気なく話題を戻す。