12-2
あの後、
――そんなはずがない。あいつが……だって、あいつは、そういうタイプには見えなかった。
だが、ここ最近、秋羽はいやというほど、人間の裏の顔を見てきた。
優等生の顔を被った、いじめっ子。
過去の恨みを募らせた、元同級生。
ふざけて見えて、妹思いの兄。
誰が加害者で、誰が被害者か。
それも視る人によって変わってくる。加害者側がみんな、被害者となった人物に対して恨み言しか吐かなかったように――誰しも、人の見せない姿を持っている。
だが、そうだとしても――
そう思わせるものが、正義にはあった。
ちょっと性癖がやばく、すぐ猫なで声を出して、周り――特に女に頼る。
そんな情けなくて、だけど憎めない、爽やかな好青年。
それが緑区正義という刑事だ。
刑事とは思えないくらい、観察力も洞察力も低く、唯一の取り柄は従順であること。しかし、その素直さは常にピリピリとした空気の刑事課には空気清浄機のような存在で、誰からも好かれていた。
いや、待てよ。
誰からも好かれるなんてこと、本当にあるのか?
もし全部演技で、あの他にない個性的なキャラクターも全部作り物だとしたら――
秋羽は「自白班」として、様々なタイプの子供達を見てきた。
だからこそ言える――この世に、「いい子」は存在しない。
ただし、「いい子」でいようとする優等生は存在する。
大人にとって、あるいは友達にとって「いい子」であるために、心の奥底に自分を封じ込めて、「いい子」の仮面を被り――結果、心を擦り減らせる。
すり減った心は治せない。
そして傷口を埋めるように、無垢だった手を罪で穢す。
そういった子供達を、秋羽はずっと見てきた。そして「いい子」の仮面を破り、作り笑いの奥に隠された素顔に触れ、「自白」させるために、心の奥底を覗き込んできた。
それは、子供だけだと思っていた。
大人は頭がいい。良くも悪くも。
だから大抵のことは諦め、切り替えていく。もうすり減って、傷跡に慣れてしまった大人の心は、本人が受け入れる以外に前に進む方法はないだろう。
そもそも前に進む気があるかも分からないが。
――いや、今なら分かる。大人も子供も大差ない。
大人のように達観し、自分自身すら諦めてしまっている子供。
子供のように意固地に何かを信じ、困ったら誰かのせいにして逃げる大人。
「……」
秋羽はふと足を止める。
そして脳裏に正義の姿を思い浮かべた。
――あいつは、俺が今まで相手してきた全ての集大成……
――頭がいいだけの子供であり、ずる賢い大人でもある。
その二つの厄介な部分を持っているように思えた。
――いや、まだ決まったわけじゃない。
本当の犯人が正義の姿を真似ただけかも知れない。
それに、わざわざバレると分かりながら、変装もしないで会いにいくようなリスクを犯すだろうか?
「ふっ……結局、俺もキャストってことか」
秋羽は自嘲した。
こうやって悩んでいることすら、あの男のシナリオ通りな気がして。
――まずは緑区のアリバイを立証するか。それで、少しは白か黒か分かる。
そう考えてしまっている点で、秋羽はすでに正義が
そして、刑事として、もうすでにある可能性に気付いていた。
正義は
そして秋羽が
さらに、その後、
今回の事件の発生時、秋羽が知る限りでアリバイがないのは正義と桃瀬くらいだ。
――それに、桃太郎はずっと部屋に引きこもっていた。
廊下の監視カメラで、部屋の出入りは分かる。アリバイは簡単に立証できる。
だが正義のように警察署の外で、誰とも行動を共にせず単独で動いていたのなら――アリバイはほぼないと言える。
――俺が赤西と一緒に行動をしていたってことは、そういうことだろうな。
――いや、それでも俺はまだ……
秋羽が半分以上を埋める不安を抱えながら、少しの期待を持って前へ踏み出した時。
後ろから荒々しい足音が響いた。
――この足音は……
「白石!」
振り返ると、案の定、正義のバディである茉莉が走ってきた。
「赤西、どうし……」
「白石」
茉莉がひどく静かな声で言った。たったそれだけで、彼女の緊張と、小さな恐怖が伝わってきた。
「落ち着いて聞け。いや、取り乱してもいい、最後まで聞け」
「あ、うん……」
心臓がバクバクと鳴った。
しかしもうその鼓動に混じって聞こえる母の声はなく、秋羽は真っ直ぐ現実にある音――茉莉の声だけに耳を傾けた。
「桃瀬太郎が、刺された」