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第56話

12-1


「とりあえず、今日の取り調べはここまでだ」

「帰っていいの?」

「あぁ。お前は逃亡の恐れはなさそうだし……持ってる情報は全部なんだろ? それなら、その? って奴が何か仕掛けてくる心配もなさそうだし」

 それに――あの脚本家気取りの男なら、ここまで全部シナリオ通りだろう。

 灰崎来栖はいざきくるすが情報源として、かつ足止めとして「自白班」にわざわざ送られてきたように。

 この少女――鈴木舞すずきまいも、役割は情報提供のナビキャラ。


 ――ここからが勝負か……


 しかし依然と秋羽あきばが不利なのは確かである。

 もうすぐで接触は可能だろうが、強力な協力者である桃瀬太郎ももせたろうを封じられ、能力的に似ている来栖も退場させられた。

 その来栖の護衛役として黄崎初夏きさきういかも不在となり、残っている茶園豊ちゃえんゆたかも来栖が狙撃された現場が「自白班」の部屋だったことで、その処理で身動きが取れない。

 ――それに、警察署内にいるだろう内通者が誰かも割り出さないと……

 ――まあ、桃太郎がいれば余裕だろうから、今は俺なりに情報を整理しよう。



 舞を警察署の玄関まで送っていた秋羽は、入り口付近までくると、立ち止まって舞に携帯電話を渡した。

「念のために、刑事に直通で繋がる携帯電話を渡しておくから、何かあったら、すぐに通話ボタンを押せ。それで、付近の刑事が駆けつける。一応、お前の近所に、何人か警察が張っているから、何かされることはないと思うが」

「うん、ありがとう」

 秋羽に渡された、通話ボタンしかない旧型の携帯電話を大事そうに両手で受け取りながら、舞は答えた。

 忘れがちだが、「自白班」には警察にのみ使える特権がある。

 捜査に必要なら、どの部署にも命令を出せることだ。

 ――まあ、そのせいで嫌われてもいるけど……

 その特権を使い、秋羽は部署問わず警察官を数名、鈴木舞の自宅付近に夜通し見張るよう頼んだ。

 彼らからしたら、舞はもう用済みで、何もしてこないと思うが。

本当に保険としてだ。

もうこれ以上、関係者をみすみす殺させるわけにはいかないから。

「あ、そうだ。忘れる所だった。もうひとつ、確認したいことがあるんだが……」

「うん?」

「お前がさっき言った、は、どうやって、お前に接触してきたんだ?」

「えっと、たしか……その人と、この間、報道であった、『鮮血ずきんちゃん事件』の被害者の姉? って人が訪ねてきて……」

 春咲はるさきアリスか。

 入院中の中上若葉なかがみわかばをめった刺しにして、その後自ら出頭してきた、自称「ミカン」の女子大生。

 ――そういえば、あの童話になぞっていた話はどうなったんだ?

 始まりであるワラが来栖、そのワラに感化されたミカンがアリス、そして鈴木舞が反物。となると、あと馬と屋敷があるのか。

 もしこの復讐物語のきっかけが、全ていじめの報復ならば――探せば、たくさん候補が出てきそうだ。現に、保坂絵里はまさか白桜はくおう高校で行ったいじめではなく、そのさらに前の小学校時代の恨みが起因となるとは思いもしなかった。

 ――でも、人間、誰に恨みを買っているか分からないもんな。

 ――俺も、この心臓を巡って……母さんから愛を、父親だったあの男からは憎しみを向けられているように……

「刑事さん?」

「いや、何でもない」

 アリスが自殺したのは、こういった橋渡し的な役割を担っていたのかも知れない。妹の死の原因となったせいもあり、あの子の中上若葉への憎しみは、少し話しただけでも伝わってきた。

 ――あと2件は、確実に事件が始まる前に解決してみせる。

「ねえ、刑事さん……」

「ん? なんだ?」

 舞が少し焦った顔で、秋羽の袖を引っ張った。

「あれ、あの人……!」

 舞が、警察署内にある場所を指差した。

 自動ドアを超えた玄関外へ半分身を乗り出していた秋羽は、振り返る形で、舞の指先を辿る。

「あの人……!」

「は? なに、言ってるんだ……だって、あれは……」

 秋羽は震える声で、舞が指差した先を見つめる。

 そこは壁だった。

 真っ白な壁に、あるポスターが張られている。

 交通指導や警察官向けの教室、それから――


『目指せ、正義の味方! 警察官募集! 中途採用も行っています』


 そんなありきたりな募集要項が書かれたポスター。

 なんの変哲もなく、よくある募集の張り紙だ。

 ポスターの中心には、数年前に広報きっての頼みで、ある人物が起用されている。

 背が高く、爽やかな微笑みの好青年――


緑区みどりく……?」




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