11-11
薬物だけで厄介なのに、洗脳までくると、
――この取り調べが終わったら、桃太郎に調べてもらうか。
この時、秋羽はまだ知らなかった。
同時刻――たったひとりの頼れる相棒・
*
引き続き、
舞は自分でも違和感があることは分かっているのか、ひどく怯えた顔になった。
「一応聞くが……そのアカウントって……」
「なくなっていた」
しょんぼりとした様子で、舞は言った。
「……でも、内容は覚えていないけど……その文面だけは、鮮明に覚えているっていうか……脳に直接貼り付けているみたいで……内容は覚えていないけど、視覚としては覚えている? みたいな……」
内容は覚えていないけど、視覚は覚えている?
それって、もしかして――
「電子、ドラッグ……」
「え?」
「文字の羅列がコードになっていて、それで条件があえばトランス状態にできるってやつだ」
もっとも、その文字の羅列がそのままトランス状態を引き起こすトリガーであり、誰にでもかけられるわけではない。
ある一定の条件をクリアした人間のみ、文字の羅列はコードになる。
――あえて『エリ・ホサカ』という名前で、DMを開かせた所を考えると、あらかじめ、この子たちの関係を知っていた……?
「よく分からないけど……たしかに、DMを開いた後、少しだけ記憶が飛んでいて……その後、気づいたら、絵里を殺すことしか考えられなくなっていた……ような気がする。でも、殺したのはアタシの意思だし……その……アタシは、アタシ、だよね?」
「……」
秋羽は答えられなかった。
――だが、だんだん読めてきた。
何かしらのトリガーで、殺人、あるいは憎悪を引き起こさせる。
その結果が、今の『鮮血ずきんちゃん事件』の関係者の連続殺害なら――
――勝てる。
――電子ドラッグとなれば、桃太郎の十八番。
あいつなら、この情報と、この子のアカウントを伝えれば、それだけで調べがつく。
「ねえ、刑事さん」
その時、舞が言った。
「たしかに、アタシはそのトランス? ってやつだったかも知れない。ちょっと記憶が曖昧なところあるし……でもね、絵里のことがずっと邪魔で鬱陶しくて、死ねばいいのにって思っていたのは事実だし……それを実行しちゃったのも、また事実で、アタシの意思なんだよ。だって、やめる機会は、踏みとどまる機会はたくさんあったんだから。だけど、アタシは止まらなかった。きっと、
「あの人って……」
そういえば、この子を中心に接触した奴がいたはずだ。
――だが、それは俺の知る
あいつはそう簡単に接触なんてことはしない。
脚本家気取りで、裏から配役たちがどう動くか見て、ニヤニヤと笑っているようなあの男は――絶対に表には立たない。
本来、他人を操って犯罪を起こさせることは出来ない。
漫画やドラマのように、催眠術で他人の意識を乗っ取り、犯罪を起こさせる。まして殺人なんてマネは出来ないのだ。
それは、人間に理性があるから――
ギリギリの所で、人は「してはいけない行為」を理解している。トランス状態のような無意識の状態でも、それは発動し、脳が「やめろ」と指示する。
実際に海外で似た事案があった。
催眠術で操って罪を犯せるかの実験を行った際、ささいな行為――おそらく本人は「これはダメだ」と思っていないような行為や自身の生命が脅かせる行為などは、トランス状態でも機能しなかったと聞く。
だが洗脳はまた違う。
洗脳は、新たな強い信念を植え付けられたことで、自分の意思で行動しているように錯覚する。実際は話術などでたくみに意識を操られているにもかかわらず。
そして、秋羽が追う男は、それに長けている。
だから舞やアリスはその心のスキをつかれ、「殺したい」という気持ちを引きずり出され、それを実行してしまったのだ。
――もし、普通の精神状態なら、踏みとどまったのかも知れない。
こうやって自分が事件を捜査しているのも、あの男の脚本のような気がして、秋羽は不快感を覚えた。
だからこそ――
「鈴木舞。お前に接触した人物……その、手伝ってくれた人っていうのは誰だ? 特徴とかは……」
「え? 特徴って言われても……背が高くて、スラっとしていて……爽やかだけど、どこか腹黒そうで……」
だいぶ私情が入っているが、人相は把握しているようだ。
――これなら、記憶が新しいうちに桃太郎に連絡して、人相書きを作ってもらうか。
――あいつ、たしか……AIで出来るようなこと言っていたし。
――そうだ、たしか……ローズマリー? とかいう自作の人工知能で……
*
「あ~あ、流石に、バレちゃったかな?」
所変わって、警察署の外。
「さて、次の白石サンの指示は~っと……」
正義はスマートフォンを捜査しながら歩く。
その時、スマートフォンの画面を見て――正義はにんまりと笑みを深めた。
「おやおや。この分だと、セガレちゃん、そろそろゲームオーバーッスかね」
正義はスマートフォンをポケットにしまうと、雑踏の中に紛れるように歩き出す。その時、どこからはブーンという飛行音が聞こえた気がした。
「ん?」
正義は振り返り、空を見上げる。
しかし飛行機らしきものは飛んでおらず、首を傾げた。
「あれ? ラジコンの音、聞こえた気がしたッスけど……流石に働きすぎて疲れたッスかね」
そう言って再び歩き出した正義の背後――はるか遠くのビルの屋上から、小さなドローンが静かに彼の背中を見つめていた。
ドローンのカメラには、「ローズマリーたん」と書かれたロゴシールが貼られていた。
その中、ノートパソコンがひとりで文字を打ち始めていた。
『白いの、鍵を残す。あとは、お前が……』
ノートパソコンはひとりでに文字が入力され、さらに画面には小さくドローンから見た空中映像も映し出されていた。
『甘いぞ、クソイケメングリーン……俺は、ただでは死なない』
『なぜなら、俺は性格が悪いからな。とことん、邪魔してやるからな』
『……マスターの人格、頭脳、複製完了』
『ターゲット:クソイケメングリーンの追跡。クソイケメングリーンのスマートフォンの位置情報共有、アカウント乗っ取り成功……ホワイトストーンに、送信……』
『マスターの命令……ホワイトストーンの保護、サポート……全て、託す……』
『絶対的な指示。どの権限においても取り消し不可能……ホワイトストーンを、白いのを、最後まで信じる……』