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第55話

11-11


 薬物だけで厄介なのに、洗脳までくると、秋羽あきばひとりでは手に負えない。

 ――この取り調べが終わったら、桃太郎に調べてもらうか。



 この時、秋羽はまだ知らなかった。

 同時刻――たったひとりの頼れる相棒・桃瀬太郎ももせたろうが、ある人物によって再起不能にされていたことを。


        *


 引き続き、鈴木舞すずきまいの取り調べ。

 舞は自分でも違和感があることは分かっているのか、ひどく怯えた顔になった。

「一応聞くが……そのアカウントって……」

「なくなっていた」

 しょんぼりとした様子で、舞は言った。

「……でも、内容は覚えていないけど……その文面だけは、鮮明に覚えているっていうか……脳に直接貼り付けているみたいで……内容は覚えていないけど、視覚としては覚えている? みたいな……」

 内容は覚えていないけど、視覚は覚えている?

 それって、もしかして――

「電子、ドラッグ……」

「え?」

「文字の羅列がコードになっていて、それで条件があえばトランス状態にできるってやつだ」

 もっとも、その文字の羅列がそのままトランス状態を引き起こすトリガーであり、誰にでもかけられるわけではない。

 ある一定の条件をクリアした人間のみ、文字の羅列はコードになる。

 ――あえて『エリ・ホサカ』という名前で、DMを開かせた所を考えると、あらかじめ、この子たちの関係を知っていた……?

「よく分からないけど……たしかに、DMを開いた後、少しだけ記憶が飛んでいて……その後、気づいたら、絵里を殺すことしか考えられなくなっていた……ような気がする。でも、殺したのはアタシの意思だし……その……アタシは、アタシ、だよね?」

「……」

 秋羽は答えられなかった。

 ――だが、だんだん読めてきた。

 何かしらのトリガーで、殺人、あるいは憎悪を引き起こさせる。

 その結果が、今の『鮮血ずきんちゃん事件』の関係者の連続殺害なら――


 ――勝てる。


 ――電子ドラッグとなれば、桃太郎の十八番。

 あいつなら、この情報と、この子のアカウントを伝えれば、それだけで調べがつく。

「ねえ、刑事さん」

 その時、舞が言った。

「たしかに、アタシはそのトランス? ってやつだったかも知れない。ちょっと記憶が曖昧なところあるし……でもね、絵里のことがずっと邪魔で鬱陶しくて、死ねばいいのにって思っていたのは事実だし……それを実行しちゃったのも、また事実で、アタシの意思なんだよ。だって、やめる機会は、踏みとどまる機会はたくさんあったんだから。だけど、アタシは止まらなかった。きっと、も、踏みとどまる機会を、何度もくれていたはずなのに」

「あの人って……」

 そういえば、この子を中心に接触した奴がいたはずだ。

 ――だが、それは俺の知るじゃない。

 あいつはそう簡単に接触なんてことはしない。

 脚本家気取りで、裏から配役たちがどう動くか見て、ニヤニヤと笑っているようなあの男は――絶対に表には立たない。

本来、他人を操って犯罪を起こさせることは出来ない。

漫画やドラマのように、催眠術で他人の意識を乗っ取り、犯罪を起こさせる。まして殺人なんてマネは出来ないのだ。

それは、人間に理性があるから――

ギリギリの所で、人は「してはいけない行為」を理解している。トランス状態のような無意識の状態でも、それは発動し、脳が「やめろ」と指示する。

実際に海外で似た事案があった。

催眠術で操って罪を犯せるかの実験を行った際、ささいな行為――おそらく本人は「これはダメだ」と思っていないような行為や自身の生命が脅かせる行為などは、トランス状態でも機能しなかったと聞く。

だが洗脳はまた違う。

洗脳は、新たな強い信念を植え付けられたことで、自分の意思で行動しているように錯覚する。実際は話術などでたくみに意識を操られているにもかかわらず。

そして、秋羽が追う男は、それに長けている。

 だから舞やアリスはその心のスキをつかれ、「殺したい」という気持ちを引きずり出され、それを実行してしまったのだ。

 ――もし、普通の精神状態なら、踏みとどまったのかも知れない。

 こうやって自分が事件を捜査しているのも、あの男の脚本のような気がして、秋羽は不快感を覚えた。

 だからこそ――

「鈴木舞。お前に接触した人物……その、手伝ってくれた人っていうのは誰だ? 特徴とかは……」

「え? 特徴って言われても……背が高くて、スラっとしていて……爽やかだけど、どこか腹黒そうで……」

 だいぶ私情が入っているが、人相は把握しているようだ。

 ――これなら、記憶が新しいうちに桃太郎に連絡して、人相書きを作ってもらうか。

 ――あいつ、たしか……AIで出来るようなこと言っていたし。


 ――そうだ、たしか……ローズマリー? とかいう自作の人工知能で……


       *


「あ~あ、流石に、バレちゃったかな?」

所変わって、警察署の外。緑区正義みどりくまさよしは、夜の街に消えようとしていた。

「さて、次の白石サンの指示は~っと……」

 正義はスマートフォンを捜査しながら歩く。

 その時、スマートフォンの画面を見て――正義はにんまりと笑みを深めた。

「おやおや。この分だと、セガレちゃん、そろそろゲームオーバーッスかね」

正義はスマートフォンをポケットにしまうと、雑踏の中に紛れるように歩き出す。その時、どこからはブーンという飛行音が聞こえた気がした。

「ん?」

 正義は振り返り、空を見上げる。

 しかし飛行機らしきものは飛んでおらず、首を傾げた。

「あれ? ラジコンの音、聞こえた気がしたッスけど……流石に働きすぎて疲れたッスかね」

そう言って再び歩き出した正義の背後――はるか遠くのビルの屋上から、小さなドローンが静かに彼の背中を見つめていた。

 ドローンのカメラには、「ローズマリーたん」と書かれたロゴシールが貼られていた。



桃瀬太郎ももせたろうが独占している「科学捜査班(黒)」と扉に書かれた部屋は誰も訪れず、暗いままだった。

その中、ノートパソコンがひとりで文字を打ち始めていた。

『白いの、鍵を残す。あとは、お前が……』

ノートパソコンはひとりでに文字が入力され、さらに画面には小さくドローンから見た空中映像も映し出されていた。


『甘いぞ、クソイケメングリーン……俺は、ただでは死なない』

『なぜなら、俺は性格が悪いからな。とことん、邪魔してやるからな』

『……マスターの人格、頭脳、複製完了』

『ターゲット:クソイケメングリーンの追跡。クソイケメングリーンのスマートフォンの位置情報共有、アカウント乗っ取り成功……ホワイトストーンに、送信……』

『マスターの命令……ホワイトストーンの保護、サポート……全て、託す……』

『絶対的な指示。どの権限においても取り消し不可能……ホワイトストーンを、白いのを、最後まで信じる……』





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