11-10
引き続き、取り調べ室。
「手伝ってくれた人……ねぇ」
秋羽は自分が思っていたより低く鋭い声になってしまった。
舞の目が怯える、あるいは緊張したように一瞬揺れた。
が、すぐに彼女は肩をすくめて笑った。
「そう、手伝ってくれた人。でも、間違えないでね、刑事さん。アタシは誰かにそそのかされたんじゃない。あいつを殺したいって思ったのは私の感情だし、それを実行しようと思ったのは、アタシの意思だよ」
「それは、違うな」
「え?」
「お前が
「そんなこと言われても……」
「『鮮血ずきんちゃん事件』では、ある薬物が関わっていた」
「え? やく、ぶつ?」
「まだ性能は正確には分からないが、その薬物の影響で、感情が強くなり、決断がしやすくなる。だが、それは脳の錯覚で……みんながどんなに憎くても、許せなくても、それを実行しない理由……すなわち、理性の鎖を千切り、決断しやすくする」
それが『鮮血ずきんちゃん事件』で加害者にして被害者である
――忘れがちだが、あいつ、あれで科学捜査班だしな。
しかし独断が多いため、あの薬物のこともちゃんと報告しているか怪しいものだ。
――それに、今はそれよりも……
薬物の話に戻すと、『鮮血ずきんちゃん事件』の連続自殺事件では、
それが『鮮血ずきんちゃん事件』のシナリオ。
――あいつが、どこまで読んでいたかは分からないが。
「これは、表沙汰に報道されていない内容だから、ここだけの話で頼む」
「あ、はい……」
舞が放心したような顔で頷いた。
――よし、一歩心の距離が近付いた。
「秘密の共有」は、共有相手との親密度を上げる。
悪い例だが、不倫をする人は秘密を共有する間柄を楽しんでいる奴らが多い。
同じ秘密を共有することで心はぐっと近づき、そこに愛に似た感情が芽生える。それが人物に対する愛か、秘密の共有という遊びに対する愛かは人によるが。
しかし、それは相手が対等の場合だ。
秋羽と舞は、取り調べる刑事と容疑者であり、対等ではなく、常に腹の探り合いをする関係である。
だから、相手の心を開かせるには相当な時間が必要になるが、今の秋羽には桃瀬がいうところの「好感度上げ」をしている余裕はない。
そこで、秋羽が使ったのが「秘密の共有」と「秘密の暴露」である。
相手の隠し事をあばくに、根掘り葉掘り聞いた所で、相手は本当のことは語らない。
つまり――
――まずは、こちらの手札を見せる。
秋羽が警察という立場でありながら、表で報道されていない内容を伝えることはだいぶリスキーであるが、同時に秘密の告白を受けた相手の気を引くことが出来る。
――さあ、俺は秘密の暴露をした。今度はお前の番だ、鈴木舞。
「いや、でも、薬物って……アタシは自分の意思で、あの人は手伝ってくれただけで……」
「意思、か。だが、お前はさっき自分で言っただろ。『理由が思い出せない』って。それが答えじゃないのか」
「答え……」
「お前は、お前らは……薬物による影響で、一時的にある一定の感情のみが昂り、その感情にのみ従って動いていた。そして、その感情こそが……憎しみだ」
「そう、だけど……
舞の作ったような表情が崩れ始める。
――これも薬物の影響かは分からないが……
「鈴木舞。答えなくていい。俺の話を、聞いてくれ」
「……」
舞は無言で秋羽を見た。頷くことはなく、ただ真っ直ぐと見つめた。
「俺達は、今回の事件は連続であり、単独の事件だとにらんでいる」
時系列順に整理すると、最初に罪を犯したのは
この時の凶器はネットであり、被害者は
しかし殺しにはいたらず、中上若葉は二回、殺されることになった。
そして第二の殺人の加害者は春咲アリスで、凶器はナイフ。
犯行動機は二名とも復讐。
そして中上若葉と同じグループにいた保坂絵里。
彼女を殺した加害者は、今、目の前にいる――
「繋がっているようで、繋がっていない。この意味が、今になってようやく分かったよ。お前たちはバラバラだった。だけど、それをある一筋の糸がつなげてしまった。それが……報道だ」
「報道って、ニュースとかのこと?」
「そうだ。実際、春咲アリスは報道をみて、妹の仇にあたる中上若葉が死にかけていることを知り……報道を通じて、殺せる可能性を垣間見た」
その前の灰崎来栖も、自分自身で調べはしただろうが、きっかけは報道で『鮮血ずきんちゃん事件』の全貌を知ったからだ。
全ては報道、情報――それを媒体に、全く関係ない憎しみを宿した人間たちを奇跡的に繋げてしまった。
「保坂絵里が、自分が被害者みたいに振る舞い、全ての罪を逃れているのを見たお前の中で、小さな憎しみの火種が生まれた」
特に、彼女の身近な人間が復讐という形で殺されているのなら、なおのことだ。
「他の子が、同じ町にいる同い年の人間が、復讐で殺されたのなら……保坂絵里もそうあるべき。保坂絵里を殺していい理由を、お前は見つけてしまったんだ。だから、お前は……」
「……ネットで、変なメッセージが来たことがあったの」
「え……」
突然、舞がぽつりと呟いた。
「SNSのDMなんだけど……最近はそれ系のスパムかと思ったんだけど、名前が『エリ・ホサカ』になっていて……一瞬、アタシは本人かと思って、そのDMを開いた。そこで……」
思い出しているのか、語りながら絵里の瞳から生気のようなものが消えていった。
「『憎いのなら、殺せばいい。だってキミたちには、それが許される。少年法が、自白法が、キミたちを救う。これは、若いキミたちにしかできないことだ。若さは武器だ。憎いのなら、その憎しみをぶつけてしまえ。もう誰に遠慮する必要はない……自由になれ』」
「そう、書いてあったのか?」
「……」
舞は虚ろな瞳のまま、ただ一点を見つめたままだった。
――俺を、見ていない?
「おい、鈴木舞!」
秋羽は身を乗り出し、舞の両肩を掴んだ。
「あ……」
軽く秋羽が舞の肩を揺さぶると、飛び起きたように舞が目を見開いた。
「あれ、アタシ、また……」
また? これが初めてじゃないのか?
秋羽も専門でないため、はっきりとしたことは分からないが――
――今の、トランス状態ってやつじゃないか?
『トランス状態』は、通常の生活時とは全く異なる意識に変化した状態のことを指す。「変性意識状態」と呼ばれ、 催眠や儀式的な行為で引き起こされる意識状態のことだ。
霊能力者が儀式などでそういう状態を見せることができる。
所謂、霊感商法やカルト宗教で洗脳を受けた人が、これに似た症状になる。
――俺も、知識であるしかないから、はっきりと分からないが。
それに、演技という線もある。
そう思った瞬間、秋羽はその考えを否定した。
――いや、今のは、確実に……俺を見ていなかった。