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第8話 森の中の戦い

レイはイーストウィンド平原に立ち、森の方角をじっと見据えた。エミリーを奪ったあの3人組がいる場所へ向かう決意は固まっていたが、手に入れたばかりの「観測者」の力をどう扱えばいいのかが分からず、試行錯誤を重ねていた。ふと無意識に手のひらに意識を集中させると、淡い光が浮かび上がり、そこからスキルウィンドウが現れるのを発見した。


「これが…スキルウィンドウか」


驚きながらも表示されたリストに目を向けると、「ホークアイ」「シャドーウォーク」「ヴォイドウィーヴ」などのスキルが並んでいる。観測者として使える新たな力が与えられているらしい。レイはその一つ一つを試してみることにした。


まず「ホークアイ」を選び、手のひらを軽く握りしめると、途端に視界が拡大し、周囲が細部まで鮮明に見えた。遠く離れた森の中、あの3人組の姿がはっきりと確認できる。さらに耳を澄ますと、かすかに彼らの声が聞こえてきた。


「おい、ログアウトができないってどういうことだ?バグにしてはおかしいだろ?」

「俺も試したが、どのコマンドも反応しない。こんなことあり得ない…ただの不具合なのか、それとも…」

「いや、聞いた話だと、他のプレイヤーも同じ状況らしい。俺たちだけじゃないんだ」


彼らは不安げに顔を見合わせ、状況に苛立ちと恐怖を抱いている様子だった。

「でも、赤ネームになったばかりの俺がもし狩られたら…その時、俺の意識は一体どこへ行ってしまうんだ?ログアウトもできないままで死んだら、本当に…」


リーダーが口ごもると、他のメンバーも沈黙に包まれた。戸惑いや恐怖が彼らの会話からにじみ出ている。

そのやりとりを耳にしたレイは、驚きと共に冷たい怒りが胸に湧き上がるのを感じた。彼らもこの世界に閉じ込められたのかもしれないが、エミリーを犠牲にしておいて、今さら命を惜しむような態度が許せなかった。


「…エミリーを犠牲にしておいて、今さら命を惜しむような奴らか」


そう呟き、レイは拳を握りしめた。彼の心には、復讐の炎が再び燃え上がっていた。


次に「ヴォイドウィーヴ」のスキルに目を向け、説明を確認すると「周囲の粒子を自在に操る」という言葉が目に飛び込んできた。試しに手のひらを掲げて指先を軽く動かすと、周囲の微細な粒子が集まり、手元で小さな渦を描きながら静かに舞い始める。レイはそのまま拳を突き出すと、粒子が勢いよく弾けて、前方の地面に小さな衝撃波を生み出した。


「これが…ヴォイドウィーヴか」


さらに「シャドーウォーク」を試してみると、彼の体が周囲の影と同化し、一瞬で姿が消えた。まるで霧に溶け込むように、影の中に自分を隠すことができるのだ。


いくつかのスキルを試すうちに、レイの不安は消え、代わりに冷静で確かな自信が生まれた。復讐の準備は整った。この力を持ってすれば、あの3人組に対抗できる。


「エミリー…俺は必ず君の無念を晴らす」


スキルウィンドウを閉じたレイは、イーストウィンド平原を抜け、森の奥へと足を踏み出した。


レイが森に足を踏み入れると、湿った空気と薄暗い木々の影が不気味に揺れていた。しばらく歩くと、視界の端に奇妙な生物が映った。丸みを帯びた小さな体に鮮やかな赤と白の斑点を持つキノコのような姿。可愛らしい見た目をしているが、どこか不気味な雰囲気を漂わせている。「サポーリア」というモンスターだ。


しかしその可愛らしさに惑わされてはいけない。サポーリアはレベル7で、これまでに戦ったフェラルウルフを遥かに凌ぐ力を持つ。今のレイのレベルは4。明らかに格上の相手だ。レイは一瞬、撤退も考えたが、戦いに対する好奇心が勝り、スキルを試したいという気持ちが湧き上がった。


「ここで逃げるわけにはいかない…」


レイはスキルウィンドウを開くと、新たに見つけた「エンハンスボディ」というスキルに目を止めた。身体強化のアクティブスキルで、発動すると全てのステータスが10ポイント上昇するという効果がある。通常レベルが1上がるごとにステータスポイントは1〜2しか上がらないため、この増加量は驚異的だ。試しにスキルを発動してみると、体の奥から力が湧き出し、筋肉が引き締まる感覚が全身を満たした。


「すごい…これがエンハンスボディの効果か」


レイは足元に落ちていた太い木の棒を拾い、サポーリアに向かって一歩踏み出す。まだサポーリアはレイに気づいていない。そっと接近し、木の棒を一気に振り下ろした。その一撃は凄まじい破壊力で、サポーリアは一瞬で粉砕された。


「これがエンハンスボディの威力…」


驚きと共に勝利の余韻に浸っていたその時、茂みから不穏な音が聞こえた。音に反応したのか、2匹のサポーリアが茂みから現れたのだ。だがそれだけでは終わらなかった。周囲から微かにサポーリアの気配が次々と感じられ、どうやらこの森にはサポーリアが群生しているらしい。


「これは…一筋縄ではいかなさそうだな」


レイは冷静に状況を見定め、再びスキルウィンドウを開く。今度はエンハンスボディと併用して、もう一つのスキル「ヴォイドウィーヴ」を試してみようと考えた。ヴォイドウィーヴは周囲の粒子を集め、攻撃に転用できる力だ。エンハンスボディの効果で集められる粒子の数も増えるはず。これがどれほどの威力を発揮するか、試さないわけにはいかない。


レイは手のひらをかざし、集中して「ヴォイドウィーヴ」を発動した。すると、周囲の空気が震え始め、彼の手元に微細な粒子が集まって渦を巻き出した。先ほどよりも強力な粒子の流れが彼の手の中で激しく蠢き、圧倒的な力がそこに宿っているのが感じられる。


「よし…これならいける」


サポーリアたちは無表情なまま、距離を詰めてくる。特徴的な胞子袋がわずかに膨らみ、毒々しい雰囲気を漂わせていた。その姿は可愛らしい見た目とは裏腹に、まるで殺意のある猛獣のようだった。


「こっちも準備はできてる…来い!」


2匹のサポーリアが一気に突進してきた瞬間、レイは渦巻く粒子のエネルギーを放った。轟音と共に激しい爆発が巻き起こり、サポーリアたちは吹き飛び、周囲の地面にひび割れが広がる。衝撃で粉々になったサポーリアの破片が地面に散らばり、レイはその威力に圧倒されつつも、自信を確かなものにしていった。


「エンハンスボディとヴォイドウィーヴを組み合わせると、ここまでの威力が出せるとは…」


だが、戦いはまだ終わらなかった。辺りからさらに数体のサポーリアが現れ、その数は増えていくように見えた。レイは冷静に対処すべく、もう一つのスキル「ホークアイ」を発動することにした。このスキルは視界を拡張し、敵の位置や動きを詳細に把握できる力がある。もしうまく使えれば、隠れた敵を素早く見つけ出し、さらに全方向からの攻撃に対応することができるかもしれない。


ホークアイの効果で視界が広がると、周囲に潜むサポーリアたちが次々に視覚に捉えられた。それだけでなく、彼らの動きや足音、さらには微かな息遣いまでもが聞こえるようになり、どこに潜んでいるのか、どの方向から襲いかかろうとしているのか、全てが手に取るように分かる。


「なるほど…ホークアイを使えば敵の位置が一瞬で把握できるんだな」


レイは自信に満ちた目で周囲のサポーリアたちを見据え、巧みに回避しながら反撃を続けた。エンハンスボディで強化された肉体と、ホークアイによる索敵能力を駆使し、次々にサポーリアたちを打ち倒していく。どこから飛び出してきても、その姿を捉え、動きに無駄なく対応することで、サポーリアの攻撃はことごとく回避された。


やがて、最後の一匹を倒したとき、レイはふとスキルウィンドウに表示された通知に気づいた。レベルが一気に7に上昇している。驚きを隠せず、彼は獲得経験値のログを確認すると、通常の2倍の経験値が手に入っていた。


「これも観測者の特権ってことなのか…」


レイは驚きつつも、次第に観測者の力を理解し始めていた。エンハンスボディで全体的な能力を強化し、ヴォイドウィーヴで強力な攻撃を繰り出し、ホークアイで敵の動きを捉える。これらのスキルを駆使すれば、エミリーを奪ったあの3人組相手にも十分に対抗できるはずだ。


「今の俺なら、あの3人相手にでも…余裕で勝てる」


自信と共に、復讐心が燃え上がるのを感じたレイは、森の奥へと足を進めた。

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