レイはホークアイを使いながら、広範囲を探索しつつ、森の中で3人組の居場所を探り当てた。その道中でも何度かモンスターとの戦闘を経て、気がつけばレベルが9にまで上がっていた。レベルの上昇による身体の強化と新たな力の感覚が高まり、彼の中にはさらに強い自信が生まれていた。
ようやく3人組の気配がすぐ近くに感じられるところまでたどり着いたが、彼らの話す声はまだ遠く、内容がはっきりしない。ただ、断片的に「掲示板が…」と聞こえるものの、詳しい内容までは分からなかった。レイはスキルウィンドウを開き、静かに「シャドーウォーク」を発動する。
「ここは影が多い森の中だ。気づかれずに接近できるはずだ」
レイはそう心の中でつぶやき、影を辿って慎重に移動しながら、徐々に3人組の背後へと近づいていった。シャドーウォークを使えば、彼らに気づかれることなく完全に姿を隠したまま接近できる。この森の中なら、ほとんどが影に覆われているため、ほぼ完璧に潜伏できるのだ。
ついに3人の真後ろにまで忍び寄り、耳を澄ますと、彼らの会話が鮮明に聞こえ始めた。
「おい、掲示板を見てみろよ。ログアウトができないって騒ぎになってる」
「そうだろうな…何かのバグかもしれんが、誰も外部と連絡が取れないっていうんだからな…」
「まさか、体の感覚まで消えるなんて…俺たち、本当にこのまま戻れないんじゃないか?」
3人は不安げに話し込み、その異常な状況に恐怖を抱いている様子がありありと伝わってくる。レイも一瞬、自分の中に疑念が浮かんだ。この世界はただのゲームのはずだが、彼らの話ぶりからすると、何かもっと深刻な問題が隠されているようだった。
さらに、掲示板機能がこのゲームには存在し、そこで他のプレイヤーたちもパニックに陥っていることがわかる。
気になったが、レイは慎重だった。「ここでウィンドウを開けば光が漏れて見つかる恐れがある」と察し、掲示板の確認は後に回すことにした。
3人の会話が一通り途切れたところで、レイは気づかれないよう静かに距離を取り、手のひらを掲げて粒子を集め始める。「ヴォイドウィーヴ」を十分に発動させるため、手のひらに集まる粒子が徐々に圧縮され、手元に大きなエネルギーが渦巻いていく。
「まず1発…簡単には死ぬなよ…」
エネルギーが十分に溜まったのを確認し、レイはその力を一気に解放した。
「ヴォイドウィーヴ!」
彼の叫びと共に、粒子は3人組の足元に着弾し、轟音と共に爆発が森全体に響き渡った。3人は爆発の勢いで吹き飛ばされ、それぞれ別の方向に転がり落ちていった。粉塵が舞い上がり、視界が一瞬遮られる。
粉塵が晴れた後、レイは周囲の状況を確認する。2人はふらつきながらも立ち上がり、お互いに生存確認をしているが、1人――ポーションを盗んだあのシーフだけは地面に倒れ込んだまま、動けないでいた。彼の足は爆発の着弾地点に残され、体だけが吹き飛ばされてしまったのだ。
「痛い!痛ぇぇぇぇぇ!」シーフは喉が潰れるかのように泣き叫び、苦痛に耐えきれない様子だった。
その様子を見てレイはゆっくりとシーフの真横に歩み寄り言った。
「…ゲームのはずなのに、酷く痛むらしいな」
レイは姿を現すと、冷たい視線でシーフを見下ろした。この異常な世界で何が起きているのか確信は持てないが、今の彼に迷いはなかった。
シーフが苦痛に叫び続ける様子に、他の2人が異変を感じ取り、こちらに気づいた。彼らはシーフを見て「ヤバい」と悟り、急いで彼のもとへ走ってくる。
瞬時にレイは再び姿を消し、シャドーウォークで影に身を隠した。2人はシーフのそばまで到達すると、周囲を警戒しながら武器を構えて辺りを見回す。戦士が武器を握り締めながらシーフに声をかける。
「シマダー、大丈夫か?!」
どうやら、シーフの名前は「シマダー」というようだ。しかし、レイにとってその名前を知ったところで何の意味もない。慈悲をかける気など微塵もなかった。
「テオ君!シマダーに回復薬を飲ませてくれ!」
リーダー格の魔法使いが焦りながら指示を飛ばす。戦士は「分かった」と応じると、腰の袋から細い試験管のようなガラス瓶に入った回復薬を取り出した。だが、レイは即座に粒子を放ち、その腕ごと吹き飛ばした。
「ぎゃあああ!」戦士テオは悲鳴をあげ、痛みに耐えきれず地面に倒れ込む。腕を失ったことで戦意を喪失したように、うずくまり、呻き続けていた。
残るは魔法使い一人。レイはその姿を嘲笑うかのように影の中から現れた。
「どうした?仲間が死にそうじゃないか。お前のその力で助けてやらないのか?」
レイは冷たい笑いを浮かべながら、言葉を投げつけた。その嘲るような言葉に、魔法使いは呆然とした顔でレイを見つめ、恐怖に表情が歪んでいった。
「お前…まさか…あの時の…?」
彼らがPKした人物が、こうして復讐のために現れるなど夢にも思っていなかったのだろう。魔法使いは口を震わせ、言葉を出すことすらできず、ただ怯えるばかりだった。その姿を見て、レイは冷酷に言い放った。
「確か…魔法使いは物理攻撃に弱いよな?」
レイはそう言うと、瞬時にエンハンスボディを発動し、ステータスを一気に上昇させた。強化された身体能力で魔法使いの懐に素早く潜り込み、首を下からすくい上げると、魔法使いの体が浮かび上がった。そしてそのまま、彼の体を力強く地面に叩きつけた。
激しい衝撃で地面にはひびが入り、魔法使いは瀕死の状態で苦しそうに喘いでいる。その姿を見ても、レイの手は止まらなかった。彼はさらに魔法使いの首を絞め、冷ややかな視線を向けながら力を込める。
「…すまない、許してくれ…俺たちは、ただNPCを…」
魔法使いはかすれた声で命乞いを始めた。だが、その言葉がレイの怒りをさらに煽った。彼らがエミリーを何も感じることなくいたぶり、殺した記憶が脳裏に鮮明に浮かぶ。今すぐにでも息の根を止めてしまいたい衝動が頭を支配しそうになる。
しかし、深く息をつき、冷静さを取り戻すと、レイは魔法使いの首から手を離した。魔法使いは咳き込みながら苦しそうに喘いでいる。その様子をゴミでも見るように見下ろし、レイは冷酷に言い放つ。
「ああ、そうだな。お前にはまだ“回復”が必要そうだ」
レイは戦士テオのもとに向かい、震えながら痛みに耐えている彼の腰の袋を強引に引き剥がした。そして、魔法使いのもとに戻ると、ポーションを瓶ごと魔法使いの口に押し込み、力任せに口を閉じた。
「ほら、飲めよ。せっかくの“回復薬”だ」
ガラス瓶が口内で砕け、魔法使いの喉に刺さった破片が血を滴らせる。苦痛に絶叫し、声にならない悲鳴をあげている。レイはさらに冷ややかな視線を浮かべ、拳を振り上げると、全力で魔法使いの頬を殴りつけた。ガラスの破片が顔に突き刺さり、彼の血まみれの顔からは幾つものガラス片が飛び散り、宙を舞った。
魔法使いは苦痛にもだえながら地面を転げ回っている。レイの手にも破片が刺さり血が滲んでいたが、気に留める様子もなく、ただ無情に彼を見下ろしていた。心の奥底で暗い怒りが渦巻き、復讐心がさらに募る。
「どれだけいたぶってから殺してやろうか…」
そう思い、もう一度拳を振り上げようとしたその時、背後から声が響いた。
「おい、あいつ赤ネーム…奴じゃないか?!」
驚いて振り返ると、5人組の冒険者がこちらを注視していた。その一人がレイを指さして言葉を続ける。
「PKだ!」
状況を見ていた冒険者たちに気づかれたことを悟ったレイは、不覚を感じながらも即座にシャドーウォークを発動し、影に溶け込むようにその場を後にした。寸前で邪魔が入ったことに悔しさが込み上げる。
「…ホークアイを解かずに周囲を見ていれば…くそ、殺し損ねた」
それでも、逃げる最中にふと気づく。自分の心に渦巻いていた暗い怒りが、不思議と少しずつ収まりつつある感覚に。復讐の手を止められたことへの苛立ちと共に、自分の中の変化に、何とも言えない感情がわき上がっていた。