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第68話 開いてゆく差

「……強いなぁ」


大晦日の宮地君のFIZINデビュー戦。思わず俺もそう声を上げてしまうほどの試合内容だった。

試合は結局2ラウンド開始1分ほどのところで宮地君がパウンドからのバックチョークを極めて一本勝ちした。


もちろん不良上がりの団体『FIGHTING LABO』出身で、話題先行型のケルベロス選手の実力が宮地君と見合ったものだったかという疑問点はある。ダンクラス上位ランカーの選手たちの方が彼よりも実力的に強いだろう。

だが相手のことはともかく宮地君の強さが圧倒的だった。俺と戦った時よりも確実にトータルファイターとして強くなっているように俺の目には映った。

だが一般のライトなファンにはそこまで一方的な試合には映らなかったかもしれない。

試合序盤はリーチに勝るケルベロス選手が何度も鋭いコンビネーションの打撃を放ち、宮地君を追い詰めているように見える場面もあったからだ。

だが実際のところはかなり差があったように見える。序盤は宮地君も大振りのパンチを振って、その隙にケルベロス選手が詰めてコンビネーションを放ってゆく……という展開だった。その中でケルベロス選手のコンビネーションが幾つかヒットして会場は盛り上がっていたが、ダメージとなる攻撃はほとんどヒットしていないように見えた。宮地君はケルベロス選手の攻撃を見切っていたのだ。

というかそもそも宮地君が勝ちに徹するなら序盤の打撃戦に付き合う必要はなかったはずだ。早々にタックルで転がしてグラウンドで圧倒し、パウンドアウトなり極め技を狙っていけば1ラウンドで仕留めることも可能だったはずだ。

つまり宮地君はケルベロス選手の特長やファイトスタイルを引き出し、わざと1ラウンド拮抗した戦いを作った上で、2ラウンドに仕留めに行ったように俺の目には映ったのだ。


なぜそんなことをしたのか? と問われるならば「プロとして観客を楽しませるためにそれをした」ということになるだろう。

俺は腐っていた時期なのであまりリアルタイムでは見ていなかったのだが、SNSや前日の会見などでも宮地君はケルベロス選手ともかなり煽り合っていたようだ。当然不良上がり(とされるキャラクターの)ケルベロス選手とオリンピック金メダリストの宮地君とでは言葉や方法は違うが、トラッシュトークにはトラッシュトークで応えることで注目を集めていた。

盛り上がりを考えてそこまでできる選手はある程度いる。

だが実際の試合に入り相手の特徴やストロングポイント・キャラクターを引き出した上で、試合の流れを作り最後は自分が勝利する……そこまでのことができる選手はプロでも多くはいないだろう。大抵は自分が勝つことで精一杯で相手のことまで考えないものだ。

もちろんそれが可能だったのは、ケルベロス選手と宮地君には実力的にかなりの差があったということに他ならない。


(……ったく、不良キャラのくせに爽やかな笑顔見せやがってよ!)


試合終了後、宮地君と互いの健闘を称えつつ抱擁を交わすケルベロス選手を見ているとなぜか微妙に腹が立ってきた。コイツよりは俺の方が強いぞ……という気持ちがその正体なのかもしれない。

FIZINという舞台に彼が上がれたのは最近不良キャラが注目を集めている『FIGHTING LABO』という団体のおかげだ。じゃあなぜ『FIGHTING LABO』が急速に注目を集めることができたかといえば、その煽り合いやキャラクター、試合映像などがSNSで若い世代を中心に拡散されたからだ。スマホ文化の発展などの効用も大きいということだ。

いずれにしろ彼には純粋な実力でFIZINという舞台に立ったとは言えない面が多少なりともある。


(……ま、でもそんなん誰だってそうかもな……)


だが俺もすぐにそんな自分の浅慮な認識を反省した。

宮地君だって純粋なMMAの実力でトップクラスと言えるかはまだ微妙なところだ。ダンクラスやその他マイナー団体のチャンピオンの方が彼に勝つ確率は高いはずだ。だがそれなのにFIZINという舞台に立てたのは実力以外の人気や知名度があるからだ。……もちろん今日の試合の完成度を見ると実力が人気に追い付くのもすぐのことだろうが。

プロの興行とはそういうものなのだろう。ダンクラスのような「元々MMAが大好きなファンのための団体」ではなく、FIZINは「MMAが何なのかはよくわかっていないけれどSNSで流れてきた選手にはちょっと興味がある」程度のお客さんを引き込まなければならない団体である以上、人気のある選手・数字を持っている選手が優遇され多く試合が組まれるというのはある意味当然のことだ。


(……じゃあ俺はどうすれば良い?)


やはり何を考えてもそこに戻ってくる。つい先日戦ったライバルだと思っていた宮地君との距離は離れてゆくばかりのような気がした。




大晦日のFIZINを自室で見終わると、今年もそろそろ終わりだった。

久ぶりに家族とも顔を合わせてゆったりと年末の一時を過ごすと、いつの間にか年が明けていた。

ウチの両親には初詣という習慣がない。幼い頃からそんな両親の元で育てられたので当然俺自身にも信仰心みたいなものは全くないのだが、ジムに入った高校生以降は一応花田神社に初詣に出向くのが恒例となっていた。


「あ、あけましておめでとう。今年もよろしくね」

「……お、おう、こちらこそよろしくね」


白い袴姿の巫女みこ装束というのだろうか……見慣れない姿に着飾ったを見て若干ドギマギした。

いつもは人っ子一人おらず寒風吹きすさぶ花田神社だが、流石に年の明けた元旦の早朝(深夜)は参拝客で賑わっていた。


「ふん、小僧も来たか。殊勝なことよ」


他の参拝客を待って参拝し、賽銭箱にお賽銭を投げ入れたところで眼前に現れたのは、我らが氏神様だった。


「お、やまと。明けましておめでとう」


アゴの下に手を入れてわしゃわしゃ揺すってやると、いつものようにやまとはゴロゴロと喉を鳴らし始めた。


「……ね、宮地君の試合観た? あ、これ甘酒。甘酒はスーパーフードって呼ばれるくらい色々な栄養素を含んでるんだって」


そのまま境内から少し離れた場所に移動してやまとと遊んでいると(氏神様であるやまとがへそ天を披露している姿を衆目に晒すのはヤツの威厳を損ねるだろうという俺なりの配慮だ!)、巫女装束姿のすずが甘酒を持ってきてくれた。


「あ、ありがとう」


寒空に温かい甘酒は身体に沁みこんでゆくようだ。


「あれ? 保じゃん! 来てたんかよ!」


不意にデリカシーの欠片もない強さで後ろから肩を叩かれて振り返ると、吉田たちが勢揃いしていた。

どの顔も一様に赤くなっているのは、集まって酒でも飲んでいたということなのだろう。俺たちも二十歳の年になったのだ。


「痛いっつ~の、このヤロ!」


肩を叩いてきた吉田にタックルのフリをすると、吉田もそれを切る動作をして応える。


「なんだ若僧たち! 元気かよ! 」


吉田たちとワイワイ話していると、俺たちの声を聞き付けたのだろう。平本さんたちも合流してきた。平本さんたちも初詣に来ていたようだ。まあ狭い街だ。相当に信心深い人はもっとちゃんとした神社に詣でに行くのかもしれないが(失礼! 花田神社をディスるつもりはないんだ!)、日本人らしいいい加減な信仰心の人たちが初詣に集まるのは近場のこの花田神社だろう。


「保っちゃん! 元気かよ、天下のFIZINファイター!」

「いや出てないんすよ! 宮地大地に負けたからボクはFIZINには出れなかったの!」


平本さんたちも酒を飲んでいたようで出会い頭に俺のことをイジってきたので、仕方なくそれに付き合ってあげる。すでに何度か試みられていた一連のやり取りだったのだが、酒の入っている吉田たちからは爆笑が起こる。


「え、でも試合は観たんだろ?」


少しの間下らないやり取りをした後、ニヤリと平本さんが俺に問いかけてきた。

皆も我がジム『FIGHTING KITTEN』の会員さん。当然MMAが好きなわけで、先ほどまではFIZINの試合を見ていたのだろう。もしかしたら平本さんたちも吉田たちもそれぞれ集まって試合を観ていたのかもしれない。

感想を共有して語り合いたい……平本さんの目はそう語っているように見えた。


「そりゃあ……いやぁ宮地君やっぱ強かったっすね。正直あの試合は試合展開以上に差があったように見えたんですよね。……それに宮地君もそうだし、やっぱ高倉兄弟が2人とも試合に出てる大晦日なんてアツいですよね! それからロナルドとエジムンドのブラジルコンビも強かったし…………」


俺だって同じ気持ちだった。俺自身MMA選手ではあるが、格オタという部分では皆と全く同等だ。


「いや、でも高倉兄の方はちょっとイマイチじゃなかったか?」「は、そんなことねえだろ?」「いやもう年齢的に衰えてきたってことっすよ!」


調子に乗って総勢10人の格オタでベラベラと感想を述べあっていると「他の参拝客に迷惑だから出ていけ!」とすずから大目玉を食らってしまった。


……まあともかく、年末年始の一時をこうして誰かと話すことで気持ちも晴れ、今年もまた頑張ろうと思えたのだった。




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