目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第73話 反撃成功

試合開始とともに仕掛けられた椛島選手のラッシュを防ぎ、勝負は再び距離を取ってのスタンドの展開に戻っていた。


(慌てるな! じっくり削っていこう……)


師範と立てていた試合開始前のプランの一つは、むしろ今椛島選手がしたような一気のラッシュを俺が仕掛けることだった。だが先に椛島選手にそれをやられたことで、すでにそれを仕掛けるタイミングは逸していた。

というわけで俺は2つ目のプランへと変更して戦いを組み立ててゆくことにした。


「保君、プレッシャー掛けてこう!」


セコンドの師範から声が掛かった瞬間、俺は右のミドルを放っていた。

その蹴りはガードを下げた椛島選手にブロックされたが、俺にとっては悪くない。蹴りは強力な攻撃でガードの上からでもダメージがあるし、ブロッキングを繰り返せば腕が破壊されることもある。

ガードが下りた瞬間に俺は再び右のミドルを放った。再びガードされたが、それでも椛島選手がそれを嫌がっているのは伝わってくる。

サウスポーに構える椛島選手に対してオーソドックスに構える俺の右ミドルは、開いた胴体にモロに入りやすい。オーソドックス同士に構えた選手同士よりもケンカ四つの場合は大きなダメージになりやすいということだ。


(……来る!)


そして俺の蹴り足が地面に戻る直前を狙って椛島選手が飛び込んでくる気配を見せた。椛島選手からすれば、このまま一方的に被弾する展開を避けるための当然の選択だ。

そして俺もそれを予測しており、ここで用意していたもう一つの攻撃を出した。前足である左の前蹴りである。

右足がマットに着地した瞬間に、左足を上げて自分の胴体に引き付けて若干の溜めを作ると、飛び込んでくる椛島選手の腹を軽く押すようなイメージで前蹴りを放った。


「……ぐ」


前蹴りは鳩尾の辺りにカウンターで入り、椛島選手が軽く吐息を漏らす。


「ナイス前蹴り! 良いよ、保君!」


会場は椛島選手への声援で9割以上満ちていたはずだが、師範の声は俺にはクリアに聞こえた。

カウンターで前蹴りは入ったが、距離を取ることを主眼とした攻撃だったからそこまで大きなダメージはないだろう。


蹴りは威力もあるが、何よりパンチよりも遠くから攻撃を放てるのが最大の長所だ。

事前の研究で見えてきた椛島選手のスタイルは、組みも寝技もできるオールラウンダーだが最も得意なのは打撃のようだ……というものだった。今までの試合を見ても(アメリカでの試合だったので映像を探すのが大変だった)一本勝ちもあるが、半分以上はKO・TKO勝ちだ。

俺もどちらかというとストライカーだが、技の多彩さや威力では椛島選手の方が上だろう。

そんな俺が唯一椛島選手を上回っているのがリーチだ。身長180センチの俺に対し、椛島選手は174センチ。手脚の長さはもう少し差があるように思える。

これこそが俺と師範の立てていた2つ目のプランだった。すなわち距離を取り、蹴りで突き放してゆく、というものだ。




「椛島く~ん!」「頑張って~」「倒しちまえよ、俊太~!」


今の交錯で俺の方が若干優位に試合を進めていることは、試合を見にきた椛島ファンにも伝わっていたようだ。MMAにさして興味があるファンは少なく、ただただ次世代スター椛島俊太のミーハーなファンばかりかと思っていたが、試合展開のそうした機微は伝わっているようだ。


(……来る!)


突然、椛島選手から明確な殺気を感じた。今までとは覚悟の違う攻撃であることを俺は本能的に感じた。そしてその瞬間、俺は椛島選手の身体のある一点に注目した。


(脇が開いてる! ここだ!)


試合中、多くの場合は相手のことを間接視野に捉える。どこか一点に集中して見るというよりも、ぼんやりと全体を見ておくのだ。その方が相手の動きや変化に敏感に反応できるだからだ。

だが今俺が注意して見ると、普段は脇を閉めてパンチを放ってくる椛島選手の右脇が若干開いていた。

そしてこれこそが師範の見つけてくれた椛島選手の癖だった。

遠間から一気に飛び込んで渾身の右ストレートを放つ……実際この技で椛島選手は幾つかのKOを産んでいた……その時に若干脇が開くといものだ。


そして俺は恐れることなくその渦中に飛び込んでいった。

椛島選手の右ストレートに対して、俺も右ストレートをカウンターで合わせたのだ。

椛島選手が渾身の踏み込みの力を込めてきたのに対し、俺はむしろ軽く……そこに右拳を置くくらいのイメージでパンチを放った。


「ああっと、両者のパンチがここで交錯した! そして、なんとふらついているのは椛島選手の方か!? これは田村選手のカウンターが効いたか!?」


普段だったら必殺の攻撃には足を使って外すか、ガードを固めてブロッキングするだけになってしまうだろう。勇気を持ってカウンターを合わせにいけたのは、師範の指導と事前の対策練習の賜物以外の何物でもない。


俺は意識的に頭を横に倒しながら右ストレートを放っていた。それでも椛島選手の右ストレートは俺の頬をかすめていった。映像を見てイメージしていたよりもさらに速いパンチだった。事前に研究して対策を立てていなければ反応できなかっただろう。

それに対し、俺の右ストレートは椛島選手のアゴに正確にヒットしていたようだ。軽く拳を置くくらいのイメージで放った俺のパンチだが、椛島選手の飛び込みが鋭い分だけパンチの威力がそこにはプラスされ致命的な威力となるのだ。カウンターのパンチの怖さはここにある。


「保君、行け! フィニッシュだ!」


師範から珍しく大声が飛んできた。

カウンターで椛島選手は一瞬ダウンしかけたがすぐに状態を立て直してガードを固めていた。

まだ1ラウンド中盤、実力者相手に無闇に仕留めにいくのはリスクもあるのではないか……と俺自身は慎重だったのだが、師範への信頼が俺の足を進めた。


ここで仕留めるんだ!




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?