目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第76話 不遇の勝利者

(なんか、夢だったみたいだな……)


日本MMAの最メジャー団体であるFIZINに出場した俺は、次世代スター候補の1人椛島俊太かばしましゅんた選手に1ラウンドTKO勝利を収めることができた。

試合直後は死ぬほど興奮したし、周囲の人たちも俺以上に喜んでくれて祝福のメッセージをくれたりした。自分以上に喜んでくれる人がいるというのは想像以上に嬉しいことで、MMAを続けてきて良かったな……と心から思ったものだ。


だが試合から2週間も過ぎるといつもの日常が戻ってきた。

大学に行って講義を受けて、帰ってきてからは自分の練習をして、週に何日かジムでインストラクターの仕事をする。

いつもと変わらぬ人と接し、いつもと変わらぬ風景を見ていると、あれが果たして本当に起こったことなのか? と思えてくることがある。


まあ俺がそんな気分になってしまった大きな要因は、勝利後のFIZIN運営の俺の扱い方にある。

1ラウンドTKO勝利というこれ以上ない結果を残してもFIZIN運営は『田村保』という選手にほとんどフォーカスしなかったからだ。

記事やSNSや動画などほぼすべてのコンテンツで、依然として「椛島俊太vs田村保」のフォーカスは試合後も、負けた椛島選手にばかり向いていたのだ。

椛島選手が負けたのは油断やコンディションの不調があった。技術的には椛島選手はこんな失敗をしていた。試合後の椛島選手の悔しい心情とこれからの再起に向けて……すべての主語は椛島選手にあったのだ。


(……まあ、そういうもんだよな……)


当然俺自身も最初は大きく腹を立てていた。

なぜ勝った俺にフォーカスしないのか!? 俺が死ぬ気で試合に向かい、勇気を持って勝ちにいったことをコイツらは何も評価しないのか!? とはらわたが煮えくり返る思いを最初はした。

だがどれだけ腹を立てても変わらないものは変わらないのだ。

FIZIN運営は興行主なのだ。客を呼べる選手、数字を持っている選手にフォーカスを当てるのは興行主の立場からすれば当然のこととも言える。

たとえ勝利したとはいえ元々無名だった俺は、椛島選手に話題性の面で大きく劣ると判断されたわけだ。そしてそれはその通りだろう。各コンテンツのファンからのコメントを見てもほとんどが椛島選手に言及したものだった。

むしろFIZIN運営からすれば俺は「椛島俊太がバンタム級スター選手に駆け上がるサクセスストーリーを躓かせた空気の読めない邪魔者」だったかもしれない。


だがもちろん少数だが『田村保』という選手に注目したコメントもあった。

そしてSNSを通じてファンからの熱のこもったメッセージも、10通程度だが届いた。

そのすべてが「元いじめられっ子」からのものだった。「自分も中学でいじめられています。だけど保選手の試合を見てマジで感動しました! 明日から学校に行ってもいじめに屈せずにやっていけそうです!」だとか「自分も格闘技やってみたいな、という気持ちが湧いてきました」という内容だった。

つまり彼らは『逆襲のいじめられっ子』というFIZINの作り上げたキャラクターによって俺のことを知り注目していた。そして自分と似たような人間だった俺が見事勝利を収めた姿を見て、自分も頑張ろうと勇気をもらっている、ということだ。


(これだけでも、俺のやったことの価値はあるよな!)


何万人という人間が「椛島俊太vs田村保」を観て、その中で僅か10人程度の反応、と笑う人もいるかもしれない。

だが1人1人の熱のこもったメッセージが届く度に、俺の心に確かな達成感と喜びが満ちていくのを感じていた。今まで吉田たちや『FIGHTING KITTEN』の会員さんといった周囲の人たちが熱心に応援してくれていたのは、長い年月ともに築いてきた関係性があったからだ。

それとは違った層に熱を持って応援される、というのは今までにない経験だった。MMA選手『田村保』の純粋なファンができたということなのかもしれない。




「お~、田村君! こないだは勝利おめでとう! まさかあの椛島俊太を1ラウンドでKOするとは思ってなかったぞ! おかげでこっちの思惑は大外れ、大幅な軌道修正が必要で大変だったんだぞ!」


俺と師範はダンクラスCEOの笹塚さんのもとを訪れていた。

相変わらず雑居ビルの一室でデカい身体を丸めて1人パソコンに向かって作業をしている様は、とてもダンクラスという老舗MMA団体のボスとは思えないものだった。


「……あ、いや、すいません……」


俺と師範が笹塚さんのもとを訪れたのは椛島俊太戦の勝利を報告する、という名目だ。

俺がFIZINに出場できたのは笹塚さんのおかげという側面が大きいから、お礼の意味も込めて自然なことだ。

だが、まさか一言目にこんな風にぶっちゃけられるとは思っておらず、俺は返す言葉に迷ってしまった。隣の師範も苦笑していた。


「ははは、良いんだよ! 選手はプロモーターなんかの思惑を無視して勝ちまくれば良いんだよ! この世界結局は強いヤツが偉いんだからよ!」


笹塚さんは俺の反応を見て豪快に笑った。

付き合い始めた当初は、CEOだか何だか知らんが偉そうな物言いをするおじさんだな、と反感が強かった笹塚さんだが、何年も付き合っているとその根底にある格闘技と選手に対する愛を感じざるを得ない。笹塚さんの働きによってどれだけの選手が活躍の場を与えられているか、事あるごとにそれを目の当たりにしてきたのだ。


「そういや田村君、試合後は井伊さんとは会ったか?」


「……まあ一応。試合直後に裏で会って物凄く引き攣った顔で『勝利、おめでとう』って言われましたよ」


「ははは、井伊さんは完全に椛島君が勝つと思って次の試合のマッチメイクなんかも考えてたからな。『ウチの田村も侮れないですよ』って俺は言ってたんだけどな!」


試合を組んだ最高責任者が勝利選手に対してマジであんな顔するんだ……ってドン引きするくらい井伊CEOの顔は暗く引き攣っていた。俺は絶対あの顔を忘れないと思う。


「……やっぱボクが今回呼ばれたのは完全に椛島選手が勝てる相手として見込まれていたってことですよね? せっかく勝ったのに次呼ばれる可能性は無いんですかね?」


俺の不満は当然だろう。

興行主には興行主の思惑があるのだろうが、選手の立場からすれば勝った人間にチャンスを与えないなんてそんな理不尽なことはないだろう。じゃあ何のために必死で練習をして試合で勝利を収めたのか? ということになる。


「大丈夫だっての! 今はまだ椛島君の方にスポットライトが当たり続けているから田村君はそう感じるかもしれんが、井伊さんもああ見えて必ず報いてくれる人だ。すぐにもう一度チャンスをくれるさ。……それよりも秋頃にこっちで試合をする気はあるか?」


「え……はい! もちろんです!」


いつ呼ばれるかわからないFIZINに期待するよりも、すぐに試合をさせてくれるダンクラスの方が俺にとっては大事だ。

椛島選手との試合ではほとんどダメージもなかったので、秋頃の試合というのも何の問題も無い。

とにかく今は自分を成長させるため、少しでも多く真剣勝負の試合をしたいという気持ちが強かった。

ダンクラスで結果を出し続け、チャンピオンにでもなればFIZIN側も俺を放っておくわけにはいかないだろう。


「オッケー、オッケー。なにせ天下のFIZIN選手の田村君が出場するとなれば客も呼べるだろう。良い相手を準備しておくからな。ケガには気を付けてくれよ!」


変わらぬ状況に腐りかけていた俺だったが着実に事態は進み始めているということだ。

だがオファーが増えたとして俺に格闘家としての実力がなければ話にならない。また明日から気合を入れて練習に励むことにしよう!




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?