「あのな、田村君……実はな、俺もFIZINデビューの話が来てんねん。この前笹塚さんから話が来たんやけどな……」
ある日の練習後、旧来の練習仲間である
今日は大兼君や高松君、さらにそれぞれ知り合いの練習仲間たちも集まって、総勢15名による若手プロの練習会だった。
「マジで!? スゴイじゃん! ……え、何で悩んでるの?」
高松君はダンクラス新人王トーナメントで俺と戦ったのがプロデビュー戦で、その後ダンクラスで2連勝を上げていた。だがよくいるダンクラスの若手、という立ち位置以上の選手ではない。
俺が偉そうに言える立場でないのは百も承知だが、一般的に見てFIZINに抜擢されるような選手ではないだろう。
「それがな……キックの試合やねん。しかも相手はまた『FIGHTING LABO』のヤツらしくてな……」
「あ~、またそっち系かぁ……」
事情を聞いて俺も苦笑した。
近頃『FIGHTING LABO』という不良出身の格闘家(?)たちを集めた団体がSNSを通じて人気となってきていることは以前も述べた。宮地大地君のFIZINデビュー戦の相手となった新谷ケルベロス篤人はその中ではまともな方の選手だったが、さらに素行も試合内容も不良そのものといった質の低い連中が格闘家面して人気になってきているというのが現状だ。
一昔前ならFIZINという国内最メジャー団体が彼らに触れることなど有り得なかったのだが、『FIGHTING LABO』は若者に絶大な人気でFIZINも今やそのコンテンツ力を無視できないほどに至っている……ということなのだろう。
「まともな試合になるのか、っていうのもあるし、そもそもキックじゃあねぇ……」
俺には高松君の悩みがとても良く分かる気がした。俺が同じ立場でも出場を悩んだかもしれない。
FIZINという国内最メジャー団体は俺たち若手MMA選手にとって夢の舞台だ。ほとんどの若手選手が一度はあの舞台に立ちたいと望んでいると思う。
だが技術も駆け引きもない不良のケンカとプロのMMAを一緒にされたくない、というプライドもある。プロとしてのキャリアをスタートさせてしまっている人間なら尚更だろう。
高松君は今も金髪の坊主に近い短髪で、眉毛も必要以上に細い。高校を卒業してからはタトゥーも徐々に増えていっている。風貌的には完全に「そっち側」の人間だ(話すと人懐っこくて人当たりもとても良いのだが)。だから高松君が抜擢されたのだろう。
明らかに現役の不良っぽい『FIGHTING LABO』出身の選手と、元不良でMMAでプロにまで至っている高松君の「不良対決」というFIZIN運営の描く構図は明らかだ。
そしてキック……キックボクシングルールというのも非常に悩ましいポイントだ。キックルールとなったのは恐らく相手側の選手の要望だろう。相手はMMAではほぼ素人で高松君とは試合にならない。だがそれでも彼と高松君を試合させたい。……であればキックルールで、ということになったというわけだ。
「オープニングファイトでしかもキックルール……これなら出ん方が自分のプロキャリアのためにはええんちゃう? って気も若干するんよな」
ははは、と自嘲気味に高松君は笑った。
打撃だけの試合は見栄え的にも派手になりやすいし、MMAを見たこともない観客にもある程度わかりやすくウケる、ということも踏まえてのマッチメイクなのだろう。
「不良同士の殴り合い」という分かりやすいオープニングファイトで、序盤から会場の熱量を盛り上げてほしい、という意図だ。
だが今さら「不良対決」の土俵に下りていくのはプロMMA選手となっている高松君にとって誇らしいことではないだろう。
「高松君! それでもその話は絶対受けた方が良いとおじさんは思うぞ!」
俺の後ろから師範が入ってきて高松君にそう声を掛けた。
「マジすか、紋次郎師範……」
普段強い口調や断定的な物言いをすることの少ない師範だけに、傍で聞いていた俺も少し驚いた。
「たしかに高松君からすれば色々と迷う部分もあるだろう。最高の条件ではないだろうけどな……でも間違いなくチャンスはチャンスだ。格闘家として広く認知され世に出てゆくには絶好の機会だ。若いうちは少し無茶をしてでもチャンスを掴みに行くべきだ……とおじさんは思う。やらない後悔よりもやって後悔した方が良い。その方が間違いなくキャリアにとって有効な経験になるはずだ」
静かだが師範の声には熱が込められていた。もしかしたら師範自身も若い頃、何か似たような経験があって後悔を残しているのかもしれない。
「それに、笹塚さんも高松君に期待しているからオファーを通したんだと思うぞ? ダンクラスだけでも高松君や保君くらいの若手の選手は何人もいるし、他の団体も含めればさらに人数は増える。その中から高松君が候補に選ばれたというのは、やはり笹塚さんが高松君の実力やキャラクターも含めて期待しているのは間違ないだろ?」
「う~ん、そうなんすかねぇ。まあたしかに何事も経験やからなぁ……………よっしゃ、俺出ますわ!」
まあ相談の形を取りながらも、高松君は元々出たい気持ちが強かったのだと思う。師範の言葉に背中を押される形を取りながらFIZINオープニングファイトへの出場を決めた。
だがその次の言葉には俺も驚かされた。
「じゃあ田村君、セコンドに付いてくれへんか? FIZINに出たことあるんは俺の周りでは田村君くらいしかおらんさかいな!」
「…………え、マジ?」