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第79話 勝っても悔しさは残るものだね

「勝者……高松洋二たかまつようじ~~~!!!」


判定までもつれ込んだ勝負は結局3-0で高松君の勝利となった。

まだ半分も埋まっていない観客席からは、申し訳程度のまばらな拍手が起こっただけだ。客席に座っていてもよく知らない選手同士の試合などまるで興味がない……とばかりにスマホをいじっている人も多い。


「直人! 良くやったぞ!」「ナイスファイト!」「そっちのハゲも良い根性してたぞ!」


新谷イフリート選手の応援団である不良軍団からも、高松君に試合後の健闘を称える声が飛んでくる。


「誰がハゲやねん! 自分らええ加減にせえよ、ホンマ」


ケージを下りた高松君が不良軍団にそう声を掛けると、彼らも高松君に寄っていって握手やハイタッチをしていた。やはり元不良同士ということで波長が合うのだろうか。


(……なんだかなぁ、まあこれもFIZINの一面なんだよな)


その光景を見ながら俺はやや複雑な感情を抱いた。

もちろん高松君という旧友がFIZINデビューし、勝利を収めたというのは文句なしに嬉しい。だが高校生、MMAを始めたころの俺が憧れたFIZINのイメージからはやや離れてきてしまっているように思う。

2人ともお世辞にもレベルの高い試合とは言えなかった。これならダンクラス中堅選手の試合の方がよほど見応えがある。もちろんそれは俺がMMA選手で、この試合がキックルールだからそう感じたのかもしれない。


「高松君おめでとう! なんとか勝てたね」

「いやぁ……しょっぱい試合してすまんな! ……でも田村君がいてくれんかったらマジで試合にならんかんかったと思うわ! ありがとうな」


試合用のケージを下り、控室に戻るまでの長い廊下を歩く道のりは、試合後の選手たちが嬉しさも悔しさも噛みしめるには充分な長さだった。

高松君本人も色々な感情を抱えていることは、側でセコンドとして共に戦ってきた俺には手に取るようにわかった。初めての大舞台、しかもキックルールという慣れない状況での試合だったとはいえ、もっとできるはずだった! ……という高松君の気持ちが痛いほど伝わってくる。

悔しい時ほどそれを隠すように明るく振舞うのも高松君らしい仕草だ。


「……高松選手、ありがとうございました……強かったです」


控室に戻ると対戦相手だった新谷しんたにイフリート直人なおと選手が挨拶に来た。

試合前は不良キャラ全開で煽っていたイフリート選手だが、こうして試合後の素の表情を見てみるとシャイで繊細な若者……という印象を抱く。

高松君も慣れないルールでやり辛かっただろうが、イフリート選手もやり辛かったはずだ。キックの選手とMMAの選手では構え・タイミング・距離感などが微妙に違う。俺も本職の選手とキックスパーリングをすると「独特でやり辛い」とよく言われるからだ。


「あの……田村選手ですよね?」

「あ、え、はい!」


まさかイフリート選手がセコンドだった俺に向かって話しかけてくるとは思っておらず、ドギマギしてしまった。


「ウチの代表の安平さんが椛島選手との試合を観て……田村選手のこと褒めてましたよ?」

「あ、そ、そうでしたか! それは……光栄です」


安平潮やすひらうしおとは新谷兄弟を始めとした『FIGHTING LABO』の創設者であり親分のような存在である……とともに現役のFIZINファイターでもある選手だ。

安平選手は元々キックボクシングでチャンピオンだった選手だ。20代半ばでチャンピオンになると「本当の最強を目指す」と宣言しMMAに転向してきて現在3年ほど。

最初はMMAに適応するのに苦しみ敗戦を重ねた。ビッグマウスを叩いた分世間からは辛辣な批判も浴びたが、ここ数試合では明らかにMMAにアジャストして勝利を重ね、上位ランカーとの決戦も間近ではないか……と噂されている。

元々安平選手自身が不良出身でストリートファイトを重ねていたことも公言しており、自分と似たような不良たちをフックアップしたいという思いから『FIGHTING LABO』という団体を立ち上げたそうだ。

短い試合時間とインパクトのある不良同士の煽り合い……本物志向の格オタからは「あんなのは格闘技じゃない!」と評価されることの多い『FIGHTING LABO』だが、試合を切り抜いたショート動画の再生回数はほとんどが数百万回を超えるほどの人気コンテンツとなっている以上、その影響力を無視はできないだろう。


(……安平選手に観られてたのか! まあ椛島選手が注目されていたから、試合を観ていた現役の選手も多いよな)


『FIGHTING LABO』出身で継続的にFIZINに参戦するほどの選手はまだいないが、安平選手自身はバリバリの実力派だ。特にキックでほぼ日本一(キックにも幾つか団体があるので間違いなく日本一とは断言できないが)となった打撃はピカイチだ。普通のMMA選手とはモノが違う。


「じゃあ、どうも……ありがとうございました」


新谷選手が控室を去っていくと、急に高松君が頭をガシガシと掻き始めた。


「くっそぉ!!! なんであんなしょっぱい試合してんねん俺は! 何のために必死で練習してきたんやアホ! ボケぇ!」


高松君の感情がわかり過ぎるだけに、俺には安易に慰める言葉が見つからなかった。試合後は感情が昂っているものだし、高松君が今までそれを抑えられていたのは緊張感が勝っていただけなのだろう。

今は高松君を1人にしてあげる方が良いと判断し、俺はそっと控室を出た。




「お、いけいけいけ! なんでテイクダウンに行かんねん! アホ!」


それから3時間後、俺と高松君はホテルに戻り動画配信でFIZINの後半の試合を観戦していた。

高松君の切り替えの早さにやや驚きもしたが、元気が復活したことには素直にホッとしていた。


「いやぁ、今日はKO決着が多いね。このままだとメインの開始時間も早くなっちゃうんじゃない?」


「ホンマやな……ってか高倉兄の試合も次の次か……アカン、なんか自分の試合より緊張してきたわ!」

「わかる! ボクも自分の試合より心拍数上がってるかも!」


本日のメインイベントはライト級での高倉圭介たかくらけいすけ選手とヘンリー・トーマス選手というアメリカ人ファイターのタイトルマッチだ。

高倉圭介選手は現在のライト級日本人エースで、弟の高倉武昭たかくらたけあき選手とともにここ数年FIZINを引っ張ってきた看板選手だ。そんな高倉圭介選手が現チャンピオンに挑むタイトルマッチということで、ファンも現役選手からも今回の大会は注目度の高いものとなっていた。

俺も高松君もこの数年FIZINを観てきただけに、活躍をずっと目の当たりにしてきた高倉兄弟のファンと言うのが適切だろう。ヘンリー・トーマス選手が憎いわけでは決してないのだが、やはり高倉選手に勝って欲しいというのが切実な願いだった。


だが残念ながら俺たちの願いも虚しく、高倉圭介選手は2ラウンド3分36秒ヘンリー・トーマス選手のダースチョークによって一本負けを喫した。




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