「初めてのFIZIN出場! なんとか判定で勝利することができました。もっと強くなって今度はMMAで参戦させてもらえるように頑張っていきます。戦ってくれた新谷イフリート直人選手、本当にありがとうございました!」
以上のシンプルな文面に、対戦したイフリート選手との試合後の顔を腫らした2ショット写真を添える。
高松君が試合後にSNSに投稿した一文は、格闘家のSNS投稿としてはごくごく自然な勝利報告に思えた。
俺も高松君の投稿を目にするとすぐさま「いいね」と「リポスト」をしたが、それは共に戦った仲間への挨拶みたいなもので特に深い考えがあってそうしたわけではなかった。
ダンクラスでの試合後も高松君は同様の投稿をしていたが、大抵は100も「いいね」が付かないくらいだった。
それに比べると俺は、宮地君と戦ったり椛島選手と戦ったりしたことでフォロワーは増えていたが、注目されたのは彼らと戦った直後の一瞬だけのことで、普段は高松君と似たり寄ったりの注目度だ。
試合後の高松君の投稿に関しても、もちろん天下のFIZIN参戦ということで普段よりも多くインプレッションを集めてはいたが、それとて驚くほどの数字ではなく見た人の反応も通り一遍のものだった。
なので特に気にもせず、次の日九州からの帰途に備え俺たちは早々に寝たのだった。
「……なんか、えらいことになってんねん……」
「あ、え……何が?」
翌朝、寝ぼけ眼の俺に突然スマホを差し出してきた高松君の意図がすぐには理解できず、画面を10秒ほど見つめてようやく意味がわかった。
高松君の例の勝利報告のポストに付いた「いいね」は1万件以上……だがそれ以上に目立つのは明らかなアンチコメントだった。
そしてそんな状況になってしまった原因はすぐに判明した。一つのアカウントが高松君のポストを引用して煽っていたのだ。
『あんなショボい判定勝利でイキれるのってどういうつもりなんだろうな? 直人もこんなやつとじゃなくてもう少しまともな選手相手だったらいい試合ができたはずだよな。FIZIN上がってくるなら最低限のものは見せて欲しいよな。コイツも後ろにセコンドについてる陰キャも』
まあこの程度のアンチコメントが付くことは俺たち程度の選手でもたまにあるし、アンチコメントが付くこと自体は人気が出てきたことの証拠でもある。
だが格闘家も人気商売だから仕方ない……と割り切れるほどには俺たちも達観していない。
コメントには全部目を通しているし、アンチコメントが付けばしっかり腹が立つ。何でも良いから攻撃したいのだろうな……という的外れなコメントは笑って流せるのだが、アンチの中でもそこそこ的確なコメントもあるので、そういうのを見るとしっかりとダメージを受ける。
そしてこういった発言で重要なのは、内容が妥当なものかどうかということではない。誰が言ったかだ。
今回引用コメントをしたのは、『FIGHTING LABO』の主催者でありFIZINファイターでもある安平潮選手その人だったのだ!
安平選手が引用コメントを書いたことで、一晩のうちに元の高松君のポストも一気に注目を集めた……ということのようだった。
「いや、これはチャンスだよ……高松君」
事情を把握し少し考えた末に俺は、依然としてオロオロとしている高松君に言った。
安平選手もプロだ。誰もが見ているSNS上でこんな挑発的なコメントを寄越してきたのは、それなりの意図があってのことだ。そうに決まっている。
自分の一門選手である新谷イフリート直人選手がオープニングマッチで高松君に敗れた……その腹いせだけでこんなことをしてくるほど彼は愚かでも感情的でもないはずだ。
「まあ、なんとなくアヤを付けようとしてきてるのはわかるけどな……どうしたらええんや?」
「ちょっと待って……」
俺は寝起きで回っていなかった頭をフル起動させた。ここで上手く立ち回れば、何か次に繋がるんじゃないだろうか……。
「わかった。今度はこの安平選手のコメントをボクが引用して拡散するよ。安平選手はセコンドのボクのことにも触れているしね。上手いこといけばFIZINにもまた出れるかもしれないしね……」
「なんや、田村君……めっちゃ悪い顔してんで?」
「え? こんなチャンス二度と転がってくるかわかんなんだからさ。ふふふ」
自分の中にそんな策略家の一面があるとは今まで思ってもみなかったのだが、どうも俺にはそういった才能が秘められていたのかもしれない。
俺はすぐに安平選手のコメントを引用してリポストした。
『安平選手どうも。後ろに付いていた陰キャです。たしかに今回の高松君とイフリート選手の試合はFIZINのレベルに相応しいとは言えないものだったかもしれません。というかそもそもFIZINはMMAの大会ですから、イフリート選手が寝技のねの字もできないのであれば、いくら安平選手のコネでFIZINに出たいとワガママを言ったところで、それを押し留めておくのが保護者としての安平選手の役目だったのではないでしょうか?』
「は? 田村君! 自分正気か? 安平選手にケンカ売っとるやんけ! 田村君、そんなキャラちゃうやろ!」
高松君が青ざめた顔で俺に呟いた時、俺はすでにSNS上に投稿してしまっていた。
投稿して1分も経たないうちに、どんどんリポストで拡散されコメントが付いてゆく……。
「うわ……こっわ……」
今までに見たこともない頻度で通知が届き発火しそうなほどスマホが熱くなった。その頃になって俺は自分の言葉が人々に見られていることを実感した。コメントも驚くほどの速度で届いてきた。
半分以上は俺に対して「誰だお前?」「無名格闘家は黙っとけよ!」といった攻撃を浴びせる安平・イフリート擁護側のコメントだった。だが3割ほどは「たしかにキックの試合が観たかったら別の大会観るよな」「そもそもあんな不良連中はFIZINに絡んで欲しくないんだよね」という俺を擁護するコメントもあった。残りは単純に面白がっている野次馬連中である。
それから1時間ほどした後、今度は当のイフリート選手ではなく兄の新谷ケルベロス篤人選手から引用コメントが届いた。
『誰かと思ったら後ろにいた金魚のフンかよ。俺らがMMAから逃げてるわけないだろ? 直人もあの時代遅れの偽ヤンキーをシバくならバチバチに殴り合った方が観客も楽しいだろうと思っただけだよ。何なら俺がお前とMMAでやり合ってやってもいいぜ?』
「うひょー!!!」
「ちょ、田村君……マジでヤバい顔になっとるって……」
その時にはコメントも「いいね」もとんでもない数に膨れ上がっており、今まで味わったことのない快感とも恐怖とも判別し難い感情に脳汁がドバドバ出てくるのを俺自身感じていた。
ヤバいとは知りつつインプレッション目的で過激なことをする、インフルエンサーの気持ちも少しわかるような気がした。