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第81話 後には引き返せない!

「ちょっと! SNS見たんだけど! あれ何なのよ!? 高松君にやらされたんじゃないでしょうね? 仲間だからって一線は引かなきゃダメだよ!」


翌日、九州から地元への帰りの飛行機に乗っているとからメッセージが届いた。

俺の発言がSNS上で騒ぎとなっていることを知り慌てて連絡してきた様子が文面から伝わってくる。


「かぁ~、すずちゃんも全然わかってへんやん! 何でオレのせいになりかけとんねん。全てはこの大人しいフリしてどえらい悪党の田村保が自分でやったことやで!!」


隣に座っていた高松君に俺のスマホを見せると、さも悔しそうに高松君は自分の膝を叩いた。

依然としてSNS上のアンチコメントも届いていたが(イチイチ見るのも大変になり通知を切った)、知り合いや練習仲間からの心配するメッセージも届いていた。


(……師範にはマジで謝らないといけないかもな……)


事情を察した人からのメッセージは、本気で心配するというよりは、俺がこうした事態を楽しんでいることも伝わっているから気楽に返せた。ただ師範からはまだ何の連絡もなかった。

一時の勢いで、良くも悪くも盛り上がって何か事態が進めばいい! ……そんな思いで俺は勝手な行動をしてしまった。それで多くの注目を集めていることはたしかなのだが、師範がこんな事態を喜ばしく思っているとは考えにくい。

場外の、それもSNS上で、格闘家が挑発をして注目を集める。それによってあわよくば試合を組んでもらおう……などという行為は師範の流儀からすれば外道も外道かもしれない。

今までは浮かれたような興奮の気分が占めていたが、師範のことに思い至り俺の心はズーンと沈んでいった。




「師範、申し訳ないです! たしかに全部これはボクが自分でやったことです。少しでも注目を集められないかな……と思っての行動だったんです!」


夕方になり九州からの長い帰途を経て戻ると、俺は自宅に戻るよりも先にジムに行き師範に頭を下げた。


「ああ……とりあえずセコンドお疲れ様。高松君が勝って良かったね。おめでとう」

「あ、はい……ありがとうございます」


怒鳴られるか、最悪破門でもされるかと覚悟していっただけに、師範のいつも通りのフラットさがこの場合は却って怖かった。


「いやぁ……まあおじさんは最近の若者たちのことはわかんないよ。まあ……でも正直格闘家同士が汚い言葉を使ってやりあってるのなんて見たくもない。ウチで教えている子供たちが保君の発言を見たらどう思うかな?」

「あ、いや、その通りです。すみません……」


たしかにそれはその通りだ。どう考えても子供たちに誇れるようなことではない。

我が『FIGHTING KITTEN』ではキッズクラスもあって俺自身が指導することもある。だが子供たちのことなどその時は思い浮かばなかったというのが正直なところだ


「まあ……でも色々考えて、今の時代はそういう盛り上げ方があって良いのかな、って気もしてきたんだ。おじさんが現役の時はこんな方法で選手同士が直接言葉をぶつけ合うなんてことはできなかった。今はそれが可能になってしまった時代だということだからね。ファンの人も面白がりつつも理解してくれているのかもしれないし……まあ保君がそんなことをするとは思っていなかったから驚いた、というだけのことだよ」


「はい……ありがとうございます。とにかくボクは少しでもチャンスを逃したくなくてですね……」


最初に絡んできたのは安平選手の方だ。俺としても安平選手や新谷選手に対する怒りや憎しみなどは微塵もなく、これが期待されている発言だろうと思って行動したまでだった。


「わかってるよ。品行方正で大人しい格闘家が必ずしも報われるわけではないし、待っていたってチャンスが転がってくるわけでもない。おじさんもそれは痛いほどわかっているつもりさ」


ポンポンと肩を叩かれて、この件に関する師範からのお咎めはこれで終わった。

頭の柔軟な師範が側に付いていてくれて、本当に俺は幸運だったな……と改めて思った。




俺自身多少罪悪感を抱えつつも、一度インターネットに放ってしまった言葉は回収することもできず、安平選手を始めとした『FIGHTING LABO』の人たちとSNS上でやり取りすることになった。


『お前ダンクラスでも箸にも棒にも掛からないザコだろ? それがコネでたまたまFIZIN出れて1勝しただけで調子乗るなよ? 潮君はお前なんかには雲の上の存在なの! わかるだろ? まあどうしても俺らに絡んでくるなら、俺が相手してやるよ。直人がお前のツレにビミョーな判定で負けちまったからな!』


その中で特に直接的に絡んできたのは新谷ケルベロス篤人選手だ。


『これはこれは……不良のくせに宮地君にボコボコに負けて泣いていたMMA素人の弱虫お兄さんではないですか! あなたこそFIZINという舞台に上がれたのは、宮地君の初戦を絶対勝利にするためのストーリー作りとして弱いあなたが抜擢されたのですが……まさかボクとならまともなMMAの試合になるとお考えなのですか?』


新谷ケルベロス篤人選手は高松君が勝利したイフリート選手の兄で、レスリング金メダリストの宮地大地君のFIZIN初戦の相手だった選手だ。

宮地君には負けたが恐らく弟のイフリート選手よりはMMAの経験もあるし、縁もある。キャラクター的にも陰キャvs不良という構図が明確で試合も盛り上がるだろう、そう判断した俺はケルベロス選手との煽り合いのやり取りを繰り返していったのだった。




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