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第101話 ニューカマーの台頭!

カンカンカンカン!


「これは、見事なKO勝利です! 下馬評ではかなりの不利が予想されていた田村保選手、ジョアン・マチダ選手を左のボディブローを利かせ、最後はパウンドの連打で見事2ラウンドKO勝利を収めました!」

「田村選手は元々ストライカーとしてリーチの長いパンチ、そして多彩な蹴りという武器を持っていましたが、特にこの試合ではパンチのコンビネーションが一段と冴えていましたね。さらに戦い方の幅が広がった印象です」


伝統派空手をバックボーンに持つジョアン・マチダ選手も、遠間から飛び込んでくる一撃必殺の打撃を持つストライカーだ。

相手の苦手なところで勝負するのがMMAのセオリーの一つだから、ガンガン俺からテイクダウンを仕掛ける……という作戦も案にはあったのだが、俺はこの試合ほぼ打撃で勝負した。ジョアン選手も完全なストライカーでテイクダウンなど完全に念頭に無かったのだろう。この試合はMMAでありながらほぼ打撃に終始することとなった。


(正直言って、存外に楽な試合だったな……)


傍から見ている人にどう映っているのかはわからないが、試合を終えた率直な感想としては比較的イージーな試合だった。

もちろん、ジョアン選手の実力が落ちてきたというわけではない。ステップの鋭さも打撃の鋭さも身体の強さも、映像で見ているよりも実際に体感すると何倍にも感じられた。

だが向こうから組んでくる可能性がほぼない、打撃で勝負すれば良い……という風に選択肢を絞れるのはかなり精神的に余裕がある。

その上で安平選手から継承した『稲妻ジャブ』『最短距離のストレート』というスキルも遺憾なく発揮できた。さらに俺には遠間からのミドルキック、接近しての膝という武器もある。何と言っても俺はFIZINバンタム級では180センチの最長身。リーチの長さもダントツだ。

こうしてすべての武器がハマり、安平選手にされた「打撃の塩漬け」をそのままジョアン選手にやってのけたような快勝だった。まあつまり俺にとってジョアン選手は相性の良い相手だったということだ。




「田村保です! ジョアン選手、戦ってくれて本当にありがとうございました! 会場で応援してくれた皆さん、PPVで観てくれている皆さん本当にありがとうございます。皆さんの応援が力になりました。……ところでそこにいる宮地大地君は次の試合は決まってるんですかね? チャンピオンになったからには誰の挑戦も逃げるわけにはいかないっすよねぇ?」


俺はケージサイドで観戦していた現チャンピオン、宮地大地を挑発した。

昨年末に彼がタイトルを獲得してからは一切の関係と連絡を絶ち、俺の中で宮地大地は共闘する親友ではなくリベンジすべき対象へと変化していた。

当然俺の変化は彼にも伝わっている。最近では試合会場で会っても挨拶もしないし目も合わせない。そんな関係の変化が悲しいと思う人もいるかもしれないが、いずれまた戦うことになる機運を俺も彼も感じているがゆえの変化だ。

普段から仲良くしておいて試合の時だけ全力で殴り合う……なんて器用なことは今の俺たちにはムリだ。いずれ時が来てお互い引退でもすれば仲良く酒でも飲めるだろうが、こうしてヒリヒリとした敵対関係は今のほんの短い期間しか成り立たないのだ。仲の良い親友よりもバチバチに敵対するこちらの関係の方が貴重で尊いものだと俺は思っている。


「……田村君さ、それマジで言ってんの? ひょっとして俺にマジで勝てると思ってんの?」


ケージサイドで観戦していた宮地君が青筋を立ててケージの中に入っていた。

一緒に練習していた時期があるとは思えないほど他人の顔を宮地大地はしていたし、俺のことなどまるで眼中にないような目付きをしていた。

俺たちの関係性を知っているファンから見たら安い三文芝居だと思われるかもしれないが、当事者の俺からしたら彼の目が本当に舐めているのが伝わってきて、本気でぶっ飛ばしたくなってきた。


「……じゃあやろうよ。昔の俺とは違うよ?」


「ま、やっても良いけど?俺の最初の防衛相手が田村君じゃファンの人からは楽すぎるって批判されちゃうかもね」


「は? 本気で言ってんの?」


至近距離で顔を突き合わせても宮地大地は俺のことを完全に舐めた目で見ているのが伝わってきて、流石に温厚な俺もぶち切れそうになった。その空気を察したのかFIZINスタッフの人が間に入ってきて、その場では俺と彼とは引き離された。

試合後の興奮状態で俺は今にでも彼と試合をしたい気分だったが、まあマッチメイクを決めるのは井伊CEOを始めとした運営陣だ。




「ほ~、あれがマヌカハニドフとかいう新しいカザフスタンの選手やっけ?」


ジョアン選手に勝利後、ケージ内での宮地大地との突如のフェイスオフからの一悶着という出来事に、温厚な俺もアドレナリンが沸き上がっていた。そんな俺の状態を察して今回セコンドに付いてくれた高松君は、あえてのんびりした声を出してきた。


「マヌルネコドフだっての! しかもカザフじゃなくてアフガンね! 井伊さんの話だとかなり強いってことだけど……まあこの試合順だから実際かなり期待はされてるんだろうね」


「12戦12勝12フィニッシュやっけ? まあそれだけ聞いたら化け物みたいな戦績やけど、相手のレベルがわからんからなぁ。正直どの程度強いのかは未知数やな」


この日はライト級のタイトルマッチがメインイベントとして設定されていた。

俺や高松君がマヌルネコドフ選手のことを懐疑的に見るのはある意味当然だ。北米のメジャー団体で実績を残しているならともかく、聞いたことのない団体で聞いたことのない外国人選手相手に勝利を収めたとしてもそれが本当の強さの証明とは言えないからだ。

格闘技の最大の実績は“誰に勝ったか”による。強い選手に勝ったなら間違いなく強いと認められる。そういうものだ。


「でもマジで強いんじゃないの? FIZINのスカウト陣って結構有能だって言われてるんでしょ? 初戦でこの位置づけで試合するんだから相当評価されてるってことでしょ?」


俺の試合の次の試合。今日のメインイベントの前の前の試合……いわばセミセミファイナルという位置付けだ。単に初参戦の外国人選手の実力査定、という意味合いならばこの試合順には持ってこないだろう。


「まあでも相手が安平選手やからな。安平潮やすひらうしおが謎の外国人選手を迎え撃つ……っていう構図がウケるっていうのを井伊の社長さんは考慮してるんちゃうか?」


「まあ、それもあるかもね。……でも安平選手も勇気あるよね。正体不明で全くの未知数の選手と最初に試合するのは結構怖いと思うよ」


「せやなぁ。その辺りの男気が安平潮の人気の秘訣なんやろな」


カーン!

そうこう言っているうちに安平潮VSマヌルネコドフの一戦が始まった。


(どんな動きを見せるのかはわからないけど、とにかく身体はヤバいな!)


マヌル選手の身体の分厚さ、肩回りや広背筋の盛り上がり、そして首の太さなどは日本人とは明らかに異質なものであった。日本人選手ではどれだけ鍛えても辿り着けない、遺伝子的な差を感じさせる身体だ。


「お、安平選手がいきなり仕掛けはったな!」


探り合いがしばらく続くかと思われた1ラウンドだったが、遠間から安平選手の方が飛び込んでいきなりの連打を浴びせた。

最初のワンツーはヒットしなかったが、その後の左ボディは脇腹にまとも入り、さらには右のローキックもまともにマヌル選手の左ももを捉え、バチーンという高らかな音が場内に響き渡るほどであった。


「おい、効いてないんか!? もろ入ったやろ!」


だが安平選手の最後のローキックに合わせマヌル選手も右ストレートを返していた。打撃は相当鋭い。


だがマヌル選手の最大の特徴は間違いなくフィジカルとレスリングだった。

分厚い背中や広く張り出した逆三角の広背筋は、いかにもといったレスラー体形で、戦前からその強さは予想できたことではあったが。

鋭いコンビネーションとフットワークで翻弄する安平選手に対して、最初はやや戸惑っていたマヌル選手だったが、近い距離でガチャガチャとパンチが交錯した一瞬、マヌル選手は安平選手の腕を取り小手投げに投げてテイクダウンを取った。


「フィジカルだけじゃないよ、技術もしっかりある。」


腕を取って投げた時点でマヌル選手は優位なポジションを確保しており、そのままグラウンドでダースチョークを極めにいけるポジションになっていたのだ。きちんとそれだけのことを意識して戦っているということだ。

安平選手もかなりグラウンド技術が進歩しており、ポジションを動かしながらなんとか極めさせないようにしていたが時間が経つにつれてスタミナの消耗は明らかになっていった。


それでも1ラウンドはそのまま終了した。




「なあ……このマヌルネコちゃん、めっちゃ強いんちゃうか?」

「……だね」


1ラウンド後のインターバル中、高松君の漏らした声に俺もため息を吐きながら答える。

場内は安平選手へのコールに満ちており、1ラウンドを凌ぎ切った安平選手の逆転ムードが形成されつつあったが、かなり難しいだろう……というのが一応プロである俺と高松君の見解だった。

2ラウンドが開始し、それでも意地を見せた安平選手のカウンターのパンチがもろに入り一瞬マヌル選手が動きを止める場面もあったが、追撃に行ったところを組まれ、その後はマヌル選手がひたすらグラウンドで上を取る時間が続いた。


そして2ラウンド3分37秒、パウンドアウトによるレフェリーストップによりマヌル選手のTKO勝ちとなった。グラウンドで殴られ続けて赤く腫れ上がった安平選手の顔面は凄惨な光景だった。

それに対するマヌル選手は、俺たちよりも年上なのにどこかあどけなさの残る笑顔なのが印象的だった。




だが俺たちはさらにマヌルネコドフ選手に驚かされることになる。

安平選手との試合が物足りなかったのか(意味不明な発言だが、試合後のインタビューで本人がそう語っていたのだ!)そのわずか1か月後に椛島俊太かばしましゅんた選手との試合が組まれ、今度はわずか1ラウンド1分15秒で一本勝ちを収めたのだった。


「なんだあのバケモノは!?」

というのが格オタ界隈での素直な反応だ。それくらいマヌル選手の勝ち方は圧倒的だったのだ。

FIZIN参戦以前の12戦全勝、全フィニッシュという戦績が、弱い選手相手に積み上げたハリボテの戦績ではなく、本当に強かったことの証明として改めて注目されることになった。

FIZINでの2戦も含めて14戦全フィニッシュ勝ちというのは、尋常な成績ではない。

格オタの中では「これは宮地大地のタイトルなんてすぐにマヌルネコドフに持ってかれる」「もう次戦タイトルマッチで良いだろ?」「どうせすぐにWFCに引き抜かれるんだろ?」「本人もWFCに行くまでのステップアップのつもりでしょ?」という論調が持ち上がってきた。

マヌル選手がバンタム級最強なのは一目瞭然。日本MMAという狭い箱庭でわちゃわちゃとをしていたのが所詮お遊びで、突如現れた海外の無名の若手1人にこうしてひっくり返される程度のものだったのだ……という話だ。


(……俺が止めてやる。マヌルだがヌルマゴだか何だか知らないけど、ぽっと出の海外選手に話題をかっさらわれて黙ってられるかよ!)


マヌル選手に対する個人的恨みはもちろんないが、俺は自分の愛したFIZINという場所が荒らされている気がして、そして宮地大地とのタイトルマッチに横槍を入れられた気分で、今までで一番の闘志を漲らせていた




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