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第57話 始まりました、武闘大会


 研修が始まって1週間と少しが経った。

 普段の業務としては武闘家の人達とダンジョン攻略。


 武闘家といっても、主には瑞稀とだけど。


 この裁量は久後健斗さんの独断で決めた。

 その理由はもちろん地下5階もとい失踪事件の調査を円滑に進めるためだ。


 ……といっても話を聞いてからまだ1週間も経っていないわけで、言うまでもなく進展の一つだってない。


 そして今日、ダンジョン攻略はお休みだ。


 じゃあ何するか?


 そんなの決まっている、今日は『武闘大会』なのだから。


 開催場所は地下1階。

 全体朝礼を行っているこの広い空間だ。


 大会参加者は32名。

 意外と少ないな〜なんて思っていたが、実は俺の知らない間に予選が行われていたらしい。


 観客は自分達を含め、100人以上……だろうな。

 今この空間に密集している人達を見ると数える気すら失せるほど。


 そんな俺達観客は中央の広く陣取った戦闘スペースを外から大きく囲うようにできた結界の中にいる。

 その結界の四隅に陰陽師みたいな服を着た連中が何やら魔力を練り込んでいるので、おそらくあいつらがこの結界を創ってくれているのだろう。

 危険がないように配慮して下さるのはありがたい、まぁせいぜい俺達のために働いてくれ。

 なんて性格の悪いことを考えている時点で心が荒んでいるのだろうな。


「ヨウスケ、大丈夫かなぁ……」


 俺の横で不安そうに結界の外に視線を送るのはヒナである。


「予選はちゃんと勝ち残ったんだろ? じゃあ大丈夫じゃないか?」


「いや……そうだけどさぁ〜」


 ヒナは大きく吐息を漏らした。


「まぁせやなぁ〜。彼氏さんのことは分からへんけど、戦いは観るのもヤるのも楽しいもんやでっ!」


 笑顔で瑞稀はヒナにグッドサインを向けている。


「ありがとう、瑞稀ちゃん……」


 瑞稀は困った顔で俺をチラッと見てくる。

 あれで慰めたつもりなのか、まぁ彼女らしいな。

 さすが本部同士、ヒナと瑞稀は元々知り合いのようで仲もそれなりにいいらしい。

 ヒナも瑞稀のことをよく分かっているからこそ戦闘狂らしい瑞稀のセリフに驚いたり、困ったりなどしないわけだ。


「あ、次ヨウスケの番じゃないか?」


 俺の言葉にヒナは体を震わせたと思えば、大きく深呼吸し始めた。

 これじゃ出場しているヨウスケよりも緊張してるじゃないか。


「おおっ! 次戦う二人が出てきたで!」


 瑞稀の言う出てきたと言うのは言葉のとおりで、出場者はここまで転移してやってくるのだ。

 この空間は戦闘スペースと観客席が結界によって完全に隔たれている。

 そのため、出場者は観客席ではなく別の部屋で待機しており、この地下1階へは転移魔法陣によってやってくるというわけだ。


 そして戦闘スペースの両端の魔法陣から次の対戦者が現れた。


『さぁ第三試合! 《魔法剣士》ヨウスケVS《剣士》ダイヤです!! 今回はD級冒険者同士の戦いですね〜! 冒険者としての経験が多いヨウスケが勝つか、半年という短期間でD級へ昇格した期待のホープ、ダイヤが勝つか? 二人とも準備はいいですか?』


 この武闘大会進行役の声が天井スピーカーから聞こえてくる。

 きっと監視カメラがあってどこからかでこの映像を確認しているのだろう。


 司会の声に対して戦う二人は刀を抜き、片手を挙げる。

 この挙手動作こそが準備ができたのサインらしい。


『では……準備ができたようですので、第3試合始めたいと思います。いざ尋常に……武闘大会第三試合、開始っ!!!』


「よっしゃいけーっ!!」

「ヨウスケ!! お前、これで負けたら引退だぞ!!! 気ぃ引き締めろ!」

「ダイヤも負けんなよ! 負けても経験年数がとか言い訳すんなよ!!」


 観客席から仲間内の声援が放たれていく。

 この声はしっかり結界の外まで聞こえるようで、ヨウスケはその声に対して「おい、試合中は静かにしてくれよな」なんて冗談を返している。

 一方のダイヤはその余裕はなく彼の目にはヨウスケしか写っていない、そういった様子だ。


「ヒナ、応援してやろうぜ」


 俺がそう声をかけると、


「ヨウスケーーっ!!! がんばれーーーっ!!!」


 前の観客があまりの驚きに肩を振るわせるほどの大声で声援を送った。

 この様子じゃ俺の声かけも必要なかったな、そう思いながら俺も「がんばれー!」と届いているか分からないくらいの声量で応援し始める。


「ヨウスケ先輩、俺は今日先輩を超えていきますっ!!」


 ダイヤは覚悟を持った力強い声でヨウスケへ言葉をぶつける。


「今日は僕も負けるわけにはいかないんだ!」


 ヨウスケからも負けられないという強い意志を感じる。

 彼の勝たないといけない理由、おそらくそれは次の第4回戦に名がある《相羽玲央》関係だろう。


 紗夜さんの弟でありヨウスケの友人でもある玲央。

 彼が変わってしまった理由、この武闘大会でヨウスケが勝てばそのわけを教えてもらう。

 先週地下5階でそう約束した。

 玲央からの返事はなかったから、もしかしたら一方的なものだったかもしれないが、ヨウスケから伝わってくる意志の強さはそこが由来のはず。


「「ハァ――――ッ!!」」


 掛け声と共に互いの剣が交じり合う。


 それによって生じた金属音、これが戦いの合図となった。

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