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第29話 歓迎会の夜⑥


 あたしは自分で感じたことないこの高鳴りと切なさに戸惑いながら、よくわからない感情に抵抗しようとしたら。


 ゴンッ。


 そのまま近づけていたおでこを、あたしにぶつける理玖くん。



「いっ……たー!! 何すんのー!?」


 さっきの甘い雰囲気はその衝撃で一気にフッ飛び、ただ痛さだけが残って、理玖くんにそのまま反論する。


「お前がバカ面になってるから。思わず」


「はぁ~!?」


 何、バカ面って!?


 そりゃブサイクな表情してたかもだけど、だからってそれでぶつけなくても良くない!?


「もう~放して~!」


 相変わらずあたしには一切色気あることを言わない理玖くんにまたイラついて、勢いよく理玖くんの身体から離れる。


 結局はこういう扱いでしかないんだよ。


 あたしと理玖くんの中で甘い雰囲気とか絶対ありえないんだよ。


「こういうことだよ」


「は?  何が!?」


 あたしはおでこをさすりながら、適当に理玖くんに言葉を返す。


「こういう雰囲気に持ってかれたら、お前はあんな感じで簡単にチョロくコロッと持っていかれるんだから気をつけろって話」


 あぁ~あぁ~また説教。


「もう……わかったって! でも別にいいじゃん。もしかしたらあの人がホントにあたしの王子様で運命の人かもしれないし、これからだってどういう出会い方でそうなるかもわかんないしさぁ」


 こんな時まで結局説教されたことにイラついて、あたしもつい言い返してしまう。


「お前……。なんもわかってねぇじゃねぇかよ」


「っていうか、それ理玖くん言えなくない?  理玖くんも同じようなことしてんじゃん」


 特定の人と付き合う気もないくせに、そんな風にたくさんの人に色気ふりまいて今まで好き勝手にやってきてたんでしょ。


 さっきみたいなシチュエーションで理玖くんだって女の人コロッと騙してんじゃないの?


「オレは、違うから」


「何が違うの?」


 そんな状況で違うという意味がわからない。


「向こうが望んで来たらオレはそれに応えてるだけ」


 そう平然と言い放つ。


「えっ、だからそれの何が違うの?」


「全然違うよ」


 なぜか理玖くんは、そこには普通以上に反応を示して、ハッキリと否定する。


「お前にはわかんねぇよ、きっと。お互い寂しくて求める気持ち」


「えっ? なんの話?」


 するとまた神妙な表情をして呟く理玖くんに、思わず意味がわからなくて声をかける。


 また大人な表情と大人な言い方。


 お前にはわからないだろうと、最初から受け入れないような言い方。


 何が違うの?  理玖くんは何が言いたいの?


 ってか、あたしの話から意味わかんないんだけど!


「とにかく危ないことだけはすんな」


「危ないって何よ……」


「王子探すなら探せばいい。だけど焦んな。ちゃんとお前の中で冷静に判断して、ちゃんと自分の気持ちと向き合いながら、そういう相手見つけろ」


「もう……わかったって……」


 なんで理玖くんがそういうこと言うかな……。


 全然説得力ないんだよ。


 じゃあ、どういう人ならいいの?


 どういう人が大丈夫なの?


 理玖くんが納得出来る人なら安心ってこと?


 経験なさすぎて全然わかんないよ……。




「で。気分はどう?  酔い、ちょっとは醒めた?」


 すると、理玖くんがじっとあたしを見つめながら確認してくる。


「え? あっ、まだ多少ちょっとマシにはなった……」


「そっ。なら、もう帰れる?」


「あっ、うん……。大丈夫……」


 と、答えたけど、ホントは少し酔いが醒めたことで、ちょっと気持ち悪くなってきたような気がする。


 さっき送ってもらえるってなった時、理玖くんはチョロいって言ってたけど、あたしはちょっと心配してもらえたのが嬉しかったりしたんだよな。


 どんな状況でも、自分が弱ってる時に気にかけてもらえるって、やっぱり嬉しいから。


 だから、浦野さんに”一緒に帰ろう”と言われて、ちょっと嬉しくて。


 だけど、理玖くんに”もう帰れる?”と言われて、ちょっと切なかった。


 別にわかってることだけど。


 理玖くんはたくさん囲まれていたあの女性たちの誰かと、ここからまたあたしの知らない男女の時間を過ごすのだろうから。



「じゃあね。理玖くん」


 あたしは理玖くんにそう告げて、そこから立ち去ろうとすると。


「いや、ちょっと待って」


 なぜかまた理玖くんがあたしの腕を掴む。


「え? 何?」


「一人で帰る気?」


 あたしの腕を掴みながら、あたしを見つめて理玖くんが尋ねる。


「えっ、うん……。なんで?」


「さっきの。一緒に帰れるかって聞いたのに、何一人で帰ろうとしてんの」


「え……? 一人で帰れって意味じゃないの?」


 あれ?  理玖くん、なんて言ってた?


「まだそんなしんどそうな顔してんのに、お前一人で帰らすわけないだろ」


「だって、理玖くん、周りにいるたくさんの女性……」


「んなの、お前追ってきた時にもう断ってきたから」


「え……?」


 理玖くん、あたしがこうなる状況に最初から気付いてたってこと……?


 たまたま偶然ここを通りかかっただけかと思ってた。


 わざわざ追いかけて来てくれたんだ……。


 しかもあんなにたくさんいた女性たちにすでに断ってたとか……。


「いいの……?」


「何が」


「あたしのせいで、その人たち断っちゃって……」


 理玖くんのその以外な言動に、ついあたしは理玖くんに確認してしまう。


「別にお前のせいじゃねぇよ」


 理玖くんはそう言うけど、絶対あたしがこんなことになってなかったら、理玖くんきっともっと誰かとまだ一緒にいたよね……?


「オレもそろそろ切り上げようと思ってたし。今日はたまたまそういう気分にならなかっただけだから気にすんな」


 なのに、理玖くんは明らかに嘘だとわかる理由で答える。


 あぁ~そっか。理玖くんってこういう人だったかも。


 あたしも素直に伝えられるタイプじゃないけど、理玖くんもそれ以上にホントの気持ち言わなかったりする。


 こういう人なくせに、ちゃんと見てる時は見てくれてて、気にかけてくれるんだよな。


 もしかしたら、ホントに今日はそういう気分じゃなくて、元々もう帰ろうとしていたのかもしれないけど。


 でも、なんとなく、それは理玖くんの優しい嘘で、わざわざ追いかけてきてくれたってことは、あたしを心配してくれてるのかなって思ったりもして。


「理玖くん。変わってないね」


「は? 何が」


「結局お兄ちゃんしてくれるとこ」


 颯兄いない時は、結局こうやって昔から理玖くんが気にかけてくれた。


 そんな、さり気なく気にかけてくれるとこに、あたしは今までも救われたことも多かった。


「ハハ。なんだそれ」


 理玖くんは、あたしを見ながら、ちょっとくだけた表情で笑って答える。


 そして再会して大人になった理玖くんがいろいろ変わったのは確かだけど。


 でも、ふとした時に笑う表情や、あたしを仕方ないなと呆れながら優しく見つめてくれる眼差しとか、あの頃の理玖くんを少し感じさせてくれて、ホッと安心する。


「ホラ。ちゃんと家まで送ってやるから。一緒に帰んぞ。沙羅」


 そう言って理玖くんが、またフワッと優しく笑う。



 この優しさも、この微笑みも、どれも理玖くんにとっては、お兄ちゃん的な感覚。


 だけど、こういう優しさを、あたし以外の女性たちが、もししてもらったりしているとしたら、それはきっとお兄ちゃん的感覚でもなんでもなくて、きっと理玖くん自身として、意味があってしていること。


 そして、きっと同じ状況でも、その意味があたしだけは違っていることもわかっているから。



 久しぶりに、そんな昔の理玖くんをまた感じたからだろうか。


 その女性たちが少し羨ましくも思ってしまうのは、きっと今は酔いが回って、ちょっと人恋しくなっているからなのだろう。


 だから、今は、どんな理玖くんだとしても、気にかけて心配してくれることが素直に嬉しく感じた。





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