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第30話 本気にならない理由①


「高宮~! 高宮どこだ~」


 デスクで仕事をしていると、部長が理玖くんを探す声が聞こえる。


 あたしはデスクで仕事に集中しながら、最初はそれを聞き流していたのだけれど。


「楠。高宮どこ行った?」


 今度は部長があたしに声をかけてくる。


「え? どこ行ったんでしょ」


 部長に言われて、見当たらない理玖くんをキョロキョロと周りを見て探してみるも、その姿を確かに確認出来ない。


 そういえばさっきから理玖くん見かけてないかも。


 この時間は特にどこかに出かけるとかは理玖くんから聞いてなかったけどな。


「楠。どこ行ったか聞いてないか?」


「はい」


「困ったな。高宮に急ぎで電話入れてほしいとこがあるんだが……」


 と、部長は、かなり困った様子。


「あの……。あたし、探してきましょうか?」


「おお。そうか! 助かる! このあと会議があるから会社の外には出てないはずだから、どこかにいると思うから見つけたらすぐ戻るように言ってくれ」


 あたしがそう伝えると、部長は少し安心したかのような表情になって、待ってたと言わんばかりの雰囲気で、あたしに頼んでくる。


「わかりました」


 そこまで目の前であからさまに困ってる姿見せられたら、さすがにそう言うしかない。


 あたしは仕事を中断して渋々社内に理玖くんを探しに出る。



 っていうか、あたしまだこの会社の中、詳しくわかんないんだけどな~。


 正直あたしが見つけられるかもわかんないけど。


 でもまぁあたしが探しに出かけるのが妥当だし、そこまで遠いとこも行ってないだろうから、しばらく探してみるか。


 と思いながら、探してみるも、思った場所に理玖くんの気配はなし。


 もう~、どこ行ったんだよ理玖くん。


 なかなか見つからず、とりあえず社内を歩き続けていたら、ようやくある部署の前にいた理玖くんらしき人を見つける。


 あの後ろ姿、理玖くんだよな。


 そう思いながら近づいていくと。



「高宮さん」


 あと一歩のとこで、先に違う女性が理玖くんに声をかける。


 あたしは声をかけそびれ、少し二人から離れた場所で、そのまま足を止める。


 うわっ、またこの感じ。


 あたしが理玖くんに声をかけようとすると、決まってこうやって違う女性が声をかけてくる。


 そして、そんな状況で、すでにすかさず気付かれないようにしてしまう自分とそれに慣れてしまってる自分に気付く。


「今確認したら、あれでOK取れました」


「ホントに?  助かったよ。小林さんいなきゃどうなってたか」


 すると、ある部署前で部署から出てきた女性と、その前で待っていた理玖くんの会話が耳に入る。


 何かお願いしたのかな?


 ついあたしはそのまま二人の会話を立ち聞き状態。


「いえ。高宮さんのお役に立てるなら喜んで♪」


「この件は必ずどこかで埋め合わせするから」


「ホントですか~? じゃあ、もしよければ早速明日の夜にでも埋め合わせしてほしいなぁ~なんて♪」


 明らか理玖くんに気がある素振りと話し方で公私混同したおねだりをするその女性。


 この前から何度も見かけるこういう光景。


 理玖くんに気がある女性はどういう表情をしているとか、どんな雰囲気で距離を詰めるのかとか、なんとなくわかりだした。


「明日の夜か……」


 そしてその女性のおねだりに、即答はせず少し考えながら答える理玖くん。


「高宮さん。この前の新人歓迎会の日もいつの間にか帰っちゃったじゃないですかぁ~。急にいなくなるから探したんですよ~」


 あっ、あたしが酔っちゃったから理玖くん送ってくれた時のことだ……。


 理玖くん、やっぱり途中で帰ってくれたんだ……。


 皆断ってきたって言ってたのに……。


 やっぱりあの時あたしに付き合って帰ってくれたのは、理玖くんの優しさだったということが、こんなタイミングで判明する。


「あぁ~ごめんね~。今面倒見てる新人が潰れちゃってさぁ~。放っておけないから連れて帰ったんだよ」


 あっ、あたしのことだ。


 そっか、そういうことはそのままちゃんと伝えるんだ。


 いや、まぁそうだよな。


 実際ホントのことだし。


 別に色気ある展開とかあったわけじゃないけど。


「え~いいな~。高宮さんに面倒見てもらえるなら、あたしも潰れちゃえばよかった~♪」


「ハハ。小林さんならいつでも介抱するよ?」


「え~嬉しい~♪」


 うわっ、相変わらずチャラい……。


 そして、この女性、完全に下心ありありだよな。


 あたしはマジでそういうのじゃないのに。


 いや、っていうか、こんなくだらないやり取り見てる場合じゃないのよ。


 部長に急いで理玖くん呼んでくるように言われてたんだった。


 でもこの中で声かけるのかなり勇気いるんだけど……。


 相変わらず声をかけにくい雰囲気で話している理玖くんたちを、ちょっと苦い顔で見ながら、一回深呼吸をして、気持ちを落ち着かせて気合を入れる。



「んんっ! あのっ……!」


 わざとらしく二人に聞こえるように声を出して、仕方なく姿を見せて声をかける。


 すると、その声に気付いて、理玖くんたちがこちらに気付く。


「……高宮さん!」


 あたしが理玖くんの名前を呼んだ瞬間、理玖くんは普通に見たものの、一緒にいる女性は一瞬で険しい表情になってこちらを見る。


「楠。どした。こんなとこまで」


「あの! 部長が高宮さんに至急電話をしてほしいとこがあるそうなので、部署にすぐに戻ってほしいんですけど……」


 その視線の痛さを感じながら、とりあえずその女性の視線は無視して、理玖くんに声をかける。


「あっ、そうなんだ? わかった。すぐ戻るわ」


 あたしの伝言を聞いて、理玖くんが返事をする。


「ごめんね。小林さん。すぐ戻らなきゃいけなくなったから、また約束は改めて」


「あっ、はい……」


「ごめんね。ありがとう!」


 理玖くんは自分の伝えたいことだけ言って、すぐに部署に戻っていった。


 あたしは、そんな理玖くんを視線だけでとりあえず見送って、自分もそのあとに戻ろうとすると。


「ねぇ」


 その女性から声をかけられる。


 その声に気付き足を止め、その女性の方に振り返ると、ヒールをカツカツと音を鳴らして、こっちを睨みつけながらその女性が近いてくる。


 えっ、何何!?  


 めちゃ睨みながらこっち近づいてくるんですけどーっっ!?





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