「よかった。お兄ちゃん来てくれて」
そして、そんなあたしたちのやり取りを見ながら、改めて安心したような口調で茉白ちゃんが理玖くんに伝える。
「あ、あぁ。うん。ごめん。なかなか帰ってこれなくて」
そして、そんな茉白ちゃんの言葉を聞いて、逆に今までの自分を申し訳なさそうに答える理玖くん。
「うーうん。お兄ちゃん忙しいのわかってるし、そんなしょっちゅう実家になんて帰ってこれないよね」
「いや……」
「でも。今日来てくれて嬉しい。ありがと」
「こちらこそ、わざわざありがとう」
そう言って穏やかに優しく笑う理玖くん。
うん、茉白ちゃんにはこんな感じだったな、理玖くん。
いつも穏やかな笑顔。優しい口調。
必要以上のことは話さなくても、お互い理解してわかり合ってるようなそんな感覚。
「じゃ、お兄ちゃん、いつもの場所座って。お兄ちゃん好きなお酒や料理今日用意してるから」
「ありがと」
そう言って、いつもの席っぽい場所に理玖くんが座る。
いつも実家で座ってる席なのかな。
当たり前のように成り立つ会話に、今度はこっちが微笑ましくなる。
そして理玖くんが来たことで、あたしもキッチンから残りの料理を運ぶ。
すると。
「これ。オレの好きな料理ばっか……」
料理を見てボソッと理玖くんが呟いたのを、聞き逃さなかったあたしは。
「それ、理玖くんが好きな料理いっぱい用意したくて、叔母さんに教えてもらったって言ってたよ。いつか自分で作りたかったんだって」
すかさずその茉白ちゃんの想いを、こっそり理玖くんに伝える。
「そっか……。あいつ、こんなの覚えてたんだ」
すると、感慨深げに理玖くんが料理を確認したあと、茉白ちゃんを見つめる。
「すごいよね。あたしならそこまで颯兄のためでも出来ないもん」
あたしもそう言いながらキッチンでいそいそと料理を作ってる茉白ちゃんを見つめながら呟く。
茉白ちゃんホント昔から女子力高いもんな。
外見はもちろんだけど、こういう中身とかが特に。
絶対男心くすぐるタイプだろうし、颯兄もきっとこういうとこが好きなんだろうな。
理玖くんも茉白ちゃんみたいな女性選んでくれたらな。
そしたらあたしも毎回理玖くんに近づく女性見てモヤモヤしたりなんてしなくて済むのに……。
って、ん? モヤモヤ? なんで??
あっ、大体そういう理玖くんに近づいてくる人って、いかにも理玖くん狙ってますみたいな女豹タイプの人だったり、いかにも計算です、みたいなあざと女子タイプか、こっちからしたらわかりやすくあんまり感じがよろしくないタイプばっかなんだもん。
見ててお似合いだな~って思うようなタイプでもないし、反対になんでそんな人ばっか相手にするんだろって逆に不信感持っちゃうレベルなんですけど。
茉白ちゃんみたいなホント裏表ないような清楚な女性だったり素敵女子とかなら、あたしだってきっとそんなモヤモヤとかしない……はず。
うん、きっとそうだ。
理玖くんの女の趣味が悪いからだ。
あたしはさっきまで茉白ちゃんを見ていた視線を、気付けばつい理玖くんに視線を切り替えて見つめながら自分の心と会話をする。
「ん? 何?」
するとあたしの視線に気付いたのか反応する理玖くん。
「ん、いや、理玖くん、ちゃんと選んでねって話」
「は?」
理玖くんはあたしの言葉に当然わけがわからない反応で返す。
本当なら別に理玖くんがどうしようと知ったこっちゃないんだけど、でもあたしが颯兄を好きなように、茉白ちゃんにもやっぱり理玖くんを同じように好きでいてほしいって思うから。
幻滅させないでねってそう思っちゃうから。
颯兄と理玖くんは全然違うタイプだし、考え方もきっと違う人間だし、颯兄と同じようには出来ないかもだけど、でも、茉白ちゃんのお兄ちゃんとしては、茉白ちゃんが願っている理想のお兄ちゃんでいてほしいって思うのは、勝手なあたしの我儘なのかもしれないけど──。
だけど、今日来てくれたことで、また理玖くんのことを少し見直した。
◇ ◇
「お兄ちゃん。お誕生日おめでとう」
「理玖くん。おめでとー!」
「ありがと」
そして料理が揃い、お酒を片手に早速理玖くんの誕生日の乾杯。
「これ。全部茉白が作ったのか?」
「うん。そうだよ。お兄ちゃんに食べてほしくて。すごいでしょ」
理玖くんが豪華な料理を見て改めて茉白ちゃんに確認すると、茉白ちゃんは嬉しそうに答える。
「うん。すごいな。でも颯人がいなくてオレだけなのが申し訳ないけど」
「え? なんで? 確かに颯人くん来れないのは残念だけど、お兄ちゃんが来てくれたから嬉しい。久々だよね、こうやって一緒に食べるのも」
「そうだな」
「たまには帰ってきてよ。お父さんとお母さんも会いたがってたよ?」
「あぁ、うん。そうだな」
理玖くんは茉白ちゃんに合わせてなのか、穏やかに返答する。
「あたしの料理も最近教室に通い始めたばっかりだから、お兄ちゃんの彼女の上手さに比べたら全然かもだけど」
「いや、茉白作ってくれたのは、オレの好きなもんばっかだから嬉しいよ」
……ん? 理玖くんの彼女……?
彼女って言ったよね?
理玖くん特定の彼女なんていなかったはずなんだけど……。
二人の会話のその部分に少し引っかかるも、なぜか二人は気にせずそのまま普通に話している。
なら、気のせい……?
「あっ、もしよかったら、あたしもその彼女に料理教えてもらいたいな~♪ よかったらお兄ちゃん今度話してもらえたら嬉しいな」
「ん。わかった。伝えとく」
え……? やっぱりそういう話だよね?
理玖くんの彼女って誰……?
ホントはそういう相手がいたってこと……?
この前の女性が言ってた好きな女性……?
なら、なんで理玖くんはあたしにあんなことを?
誰とも付き合わないと言ってた理玖くんなのに、二人の会話では理玖くんに彼女がいることで話が成立している。
しかも料理が上手な彼女?
二人はそのままなんてことなく料理を食べながら話を進めてるのに、あたしは理玖くんのその話が気になって二人を見ながら動きが止まる。
「沙羅ちゃん。どしたの? なんか食べれなそうなのあった?」
すると、そんなあたしに気付いて隣から茉白ちゃんが声をかけてくれる。
「えっ、いや! 全然そういうのないよ! ってか、逆にどれも美味しそうだから、どれから食べようか迷っちゃって」
と、茉白ちゃんに怪しまれないように、あたしはそう言って誤魔化す。
「ならよかった~。どれでも好きなだけ食べてね」
「あっ、うん。っていうか、茉白ちゃん。理玖くんの彼女って……?」
だけど、あたしは気になりすぎて、茉白ちゃんに尋ねる。
「あ~。お兄ちゃん、仕事先で知り合って、ずっと何年も付き合ってる女性がいてね。その彼女と同棲してるらしくて、いつもすごい本格的な料理作ってくれるんだって。まだ直接会ったことはないんだけど、あたしも料理最近勉強してるからいつか紹介してほしいなぁと思って」
と、茉白ちゃんは理玖くんの彼女らしき人の説明を笑顔でしてくれる。
え、え、ちょっと待って。
彼女? 同棲? 料理上手?
いやいや、理玖くんから聞いた話にそんな情報一つもなかったんだけど。
あたしが知ってる理玖くんとは正反対すぎて、ちょっとパニックになりそうになるくらい。
なんでそんな平然と話が進んでいってるの!?
あたしは動揺しながら理玖くんを見るも、理玖くんは顔色一つ変えてない。
あまりにも別人の理玖くんがここには存在していて、あたしはパラレルワールドに来たくらいの気持ちになってしまう。
今、茉白ちゃんが知ってる理玖くんの恋人という人物が存在していて、だけど、あたしには特定の彼女は作らないと、確かにそう理玖くんは言ったのに。
どうしてそんな違う話が存在しているのか。
理玖くんもホントに彼女がいるなら、別にそうだとあたしにも伝えてくれればいいのに……。
だけど、それならなんであんな不特定多数の女性を相手にしてるの?
じゃあ、あたしが今まで見てきた理玖くんは何?
え、彼女公認? それとも陰で浮気してる??
え、もうマジで意味わかんなくなってきた……。
「あのさぁ、理玖くん……」
あたしはもういくら考えてもわかんなくて、気付けば理玖くんに声をかけていた。
「ん? 何」
「その彼女って……」
自分でどこまで聞こうと思って声をかけたのかもわからない。
だけど、今存在してる彼女のことを知りたくて……。