それから茉白ちゃんが颯兄の好きな料理を完成させてテーブルに運んでくると、颯兄はその料理をべた褒めしながら、どんどん平らげる。
改めて二人一緒のとこ見たけど、料理を作ってそれを食べてる姿が、更に親密度を感じて、もうここまで来ると、ちょっと新婚さんの家にお邪魔してるかの気持ちに思えてくる。
妹のあたしで、さすがにちょっとむず痒くなってくるこの状況。
お兄ちゃんでもある理玖くんは、どんな気持ちなんだろうと、理玖くんの方を見ると、相変わらず表情を変えずにお酒を飲みながら携帯を確認したりしている。
うん、なんか多分理玖くんも微妙な部分あるだろな。
親友と妹のラブラブなとこ見せられるとか、絶対理玖くんもむず痒い気がする。
特にこんな可愛い妹だし、一般的なお兄ちゃんは基本妹溺愛してる家も多いから、理玖くんもそういう感じの意味合いなら、ちょっと複雑かもな。
そう思ったら、なんかもう二人にさせてあげた方がいいような気がしてきた。
「悪い。ちょっとこれから用事あるから、そろそろ行くわ」
すると、あたしがそんな風に思ったタイミングで、偶然にも理玖くんがそう言葉にする。
「あっ、彼女?」
「あぁ……。さすがにそろそろ行かないと。オレもせっかくの誕生日だし、好きな女と過ごしたくなった」
颯兄が尋ねた問いかけに、理玖くんが少し笑って答えながら席を立つ。
好きな女……。
サラッとそう口にした理玖くんの言葉に、あたしはなぜだか引っかかる。
だけど、親友の颯兄にも彼女の存在を伝えてるということは、やっぱりそういうことなのだろうか……。
また謎が深まる。
「ごめんね、お兄ちゃん。彼女さんいるのに、今日はこっち来てもらっちゃって」
すると、茉白ちゃんが理玖くんに申し訳なさそうに声をかける。
「いや。嬉しかったよ。オレの好きな料理も用意してくれて、ちゃんと茉白がオレのことも考えてくれたんだなってわかったし」
「それはもちろん。あたしにとってお兄ちゃんは頼もしくていつまでも理想の大好きなお兄ちゃんだもん」
「ハハ。理想の……ね。なら茉白のその期待裏切らないように頑張るわ」
理玖くんが少し笑って、茉白ちゃんにそう言葉を返すも、理玖くんのその表情と言い方が、少しいつもと違う感じがして、少し気になってしまう。
やっぱり理玖くんは茉白ちゃんの中で理想のお兄ちゃんになってるのかも。
あたしが颯兄を思う理想はきっとそう違いも違和感もなくて。
だけど、理玖くんは明らかにその理想と違う理玖くんが現実に存在している。
さっきここで話していた理玖くんは、もしかしたら茉白ちゃんが思う理想のお兄ちゃんとして存在してたってこと……?
だとしたら、彼女いるって言ってるのは、茉白ちゃんのため……?
「あっ、ごめん。あたしもそろそろ帰るね!」
帰ろうとしている理玖くんを見つめながら、そんなことを考えていたら、気付けば、あたしはなぜだかそう口にしていた。
「えっ、沙羅も?」
「沙羅ちゃんもなんか用事?」
あたしも帰ることに、颯兄たちが不思議そうに尋ねる。
別に用事があるわけじゃない。
だけど、なんか理玖くんが気になって、ここにはいられないというか……。
正直颯兄来たなら、せっかくの誕生日なんだから二人で過ごしたほうがいいだろうし。
二人的にもあたしが帰った方がいいもんな、きっと。
っていうか、理玖くんと話したい……。
「あっ、うん。あたしもちょっと友達が相談あるって、さっき連絡あって。ほっとけないから、あたしも行ってくるね」
二人にそうありもしないことを伝えて、あたしは理玖くんと同じように帰る準備をする。
「理玖くん。途中まで一緒に行こ」
「あっ、うん」
そして帰ろうとする理玖くんに、そう声をかける。
「じゃあ。このあとは存分に二人で素敵な誕生日を♪」
これから幸せな時間を過ごす二人に、あたしはメッセージを添えて、そのまま理玖くんと家を出た。
家を出ると、辺りはもうすっかり真っ暗になっていて、住宅街のこの辺りは、うっすらと光る街灯だけが灯る。
勢いよく、理玖くんと一緒に出てきたものの、とりあえずしばらく黙ったまま隣を歩く。
「お前、友達んとこどうやって行くの?」
すると、理玖くんから口を開いた。
「えっ?」
「ここら辺暗いし、駅までこのまま送ってく」
真っすぐ前を向きながら、気持ちだけ寄せてくれる理玖くん。
「あぁ~。えっと。あれは違くて」
「違うって何?」
「友達から別に連絡は来てない。ただ理玖くん出るタイミングであたしも出よっかなぁと思って」
別にホントのこと言わなくてもいいのに。
だけど、なぜかもう少し理玖くんと話をしたくて、ホントのことを話してしまう。
「あぁ~。そっか。お前もか」
すると、あたしのその言葉を聞いて、なぜか納得するようなことを言う理玖くん。
「えっ? お前もって?」
「お前もあの二人を、二人っきりにしてやろうって思ったんだろ?」
そう言いながらあたしを見る理玖くん。
「あっ、うん。そんな感じ」
理玖くんに指摘され、そう答えるも、多分それだけじゃなくて。
二人にしてあげたいという気持ちもあったけど、それ以上に、理玖くんの背中をなぜだか追いかけたくなってしまった。
彼女の元に行くと言って出て行くくせに、なぜだかあたしはその後ろ姿の理玖くんが気になった。
「って、ん? お前もってことは、理玖くんもそうだったってこと?」
あたしは隣の理玖くんを見ながら確認する。
「まぁ。そんなとこ」
すると、理玖くんはあたしと同じようにサラッとそんな風に答える。
「えっ、でも理玖くん彼女のとこ今から行くんだよね?」
まさか誕生日に一緒に過ごしたいと思うほどの彼女がホントにいたなんてな……。
なぜだかあたしはチクッとするような寂しく感じるような気持ちになる。
「いねぇよ。そんな相手」
……えっ?
ん? また聞き間違いかな?
またなんの躊躇もなく平然と答えた理玖くんに、あたしは一人戸惑い始める。
またいつもの理玖くんに戻った?
え、やっぱ彼女いないの!? でもさっきいるって言ってたよね!?
「はっ? えっ? どういうこと? さっき二人には彼女いるって……」
「言ったな」
「えっ? どっち? いるの!? いないの!?」
冷静な理玖くんの隣で、あたしはなぜか一人動揺して理玖くんに尋ねる。
すると、理玖くんはしばらく何も言わず前を向いたままそのまま歩き続ける。
あたしは隣の理玖くんを見つめながら答えを待つも、理玖くんは表情を一切変えない。
何かを考えてるのかどうかもわからない。
「ねぇ。理玖くん」
あたしは痺れを切らして、また理玖くんに隣から声をかける。
だけど、まだ無反応のまま。
なんなんだよ……。意味わかんないんだけど。
一体理玖くんの真実はどこにあんのよ。
気になることだけ目の前にぶら下げられて、そのまま答えもしてくれない。
だけど、あたしはそんな理玖くんを見つめながら、ただ一緒にそのまま歩く。
「お前。まだ時間ある?」
すると、ようやく理玖くんが答える。
かと思ったら、なぜかあたしが尋ねられる。
「えっ、あっ、うん」
とりあえずあたしは返事をする。
「知りたい? ホントのこと」
「えっ?」
意味ありげに、そんな言葉と視線で伝えてくる理玖くんに、あたしはまた戸惑ってしまう。
「教えてやろうか?」
そして今度は、意味ありげに少し笑いながら──。
「うん……。知り、たい……」
理玖くんのその意味ありげな微笑みと言葉と視線・そしてその雰囲気に、あたしは引き込まれるように、そう呟いていた。
理玖くんの真実、理玖くんの本音。
存在しているのか存在してないのかもわからない彼女。
理玖くんからその真実を聞くことで、あたしはどんな感情になるのかもわからないけど。
もしかしたら。知らない方がいい真実なのかもしれないけど。
でも今ここにいる理玖くんを、理玖くんは一体何を隠しているのかを、やっぱり知りたいと思ってしまうから──。