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第45話 それぞれの想いの先①



そう思っていた矢先、あたしと理玖くんのそれぞれの想いが崩れ始めるある出来事が起きた。



 急に耳に入ったその報告に、あたしは少し驚きつつも、自分以上に理玖くんが気になって、今日は一日落ち着かない。


 まぁここ最近は、理玖くんが好きだと気付いてから、一緒に仕事をするのも少し浮足立って落ち着かなかったりするんだけど。


 でも、今はちょっとそういうんじゃなくて。


 あたしはあることを確かめたくて、理玖くんの行動をそれとなく確認しながら、理玖くんが今日仕事が終わって帰るタイミングを見計らっている。



「お疲れ様です」


 すると、理玖くんが周りに帰りの挨拶をしながら身支度をして帰ろうとしていることに気付く。


 そして、あたしも露骨に感じないように、少しだけ時間を置いて、”今このタイミングで仕事が一段落ついたので終わります”という雰囲気のアピールだけして、同じく周りに挨拶しながら帰ろうとすると……。


 なぜかそのタイミングで同じ部署の人に声をかけられ足止めをくらう。



 えっ、嘘! 今、このタイミング!?


 あたしは焦りながらもとりあえずその用件を聞いて、すぐ答えられる内容だったため、急いで対応をする。



 それが終わるとすぐに部署を出て、小走りで理玖くんのあとを追いかけるも、もうエレベーター付近にもいなくて、あたしはエレベーターを待って下に降りる。


 すると、広いロビーの先に理玖くんを見つける。



 あっ! いた! 理玖くん歩くの早い!


 そして、更にペースを上げて小走りで理玖くんの元へ駈け寄る。


 いや……、ちょっと、この距離長い……。


 その距離に少し息が上がるも、ようやく理玖くんに追いつき、あたしは目の前の理玖くんの服を少し引っ張って、理玖くんに合図をする。


「えっ? 何!?」


 それに気付き理玖くんが静止して後ろを振り向き、背後にいるあたしに気付く。


「お、お疲れ様です……」


 あたしは小走りで追いかけ息が上がってしまってる状態で、理玖くんに声をかける。


「お疲れ。……って、え? なんでお前そんな息上がってんの!?」


 そして理玖くんがそんなあたしを見るなり驚いた反応をする。


「あっ、うん。ちょっと急いで追いかけてきた……」


 息を整えながら答えると。


「何? そんな急いで追いかけてくるほどの急ぎの仕事でも入った?」


「ち、違う。理玖くんに用事あって」


「何、どした」


「理玖くん……。――大丈夫!?」


「は?」


 あたしは一番確認したかったその言葉を、順序をすっぽかして、焦っていきなり聞いてしまっていた。


 すると理玖くんも意味がわからず不思議そうに反応して、あたしを見つめる。


「え? 何が? お前こそ大丈夫か?」


「あっ、違う! それはまだだ! そうじゃなくて!」


 理玖くんに逆に心配して尋ねられて、あたしは先走ったことに気付き訂正する。


「理玖くん。このあと予定空いてる!?」


 ホントは、ただ勢いで追いかけてきただけで、声をかけてから何を話すかは考えてなかった。


 だけど、なんか落ち着かなくて、ただ理玖くんのあとを、あの誕生日の時のように追いかけてしまった。


 だから、最初に声をかけたところで、そのあとどうしようかも考えてなかったけど、気付いたら理玖くんを誘っていた。


「え、あぁ~。今日なぁ……」


 即答しない理玖くんの反応を見て、その瞬間、誰かと予定が入ってるかもしれなかったことに気付く。


 あぁ、そっか。理玖くん常に予定埋まっちゃってる人か。


 勢いだけでそのまま声かけちゃった……。


「あっ、ごめん!  理玖くんのことだからもう予定入っちゃってるか!」


 さっきまで掴んでた手をそれに気付いた瞬間と同時に離し、苦笑いしながら言葉を返す。


「ん~。……いや、いいよ」


「えっ! いいの!?」


 自分で誘ってなんだが、簡単にOKしてくれたことに驚いてしまう。


「なんかお前話あんだろ?」


「えっ、うん……」


 それってあたしからそれを感じ取ったからOKしてくれたのかな。


「なら。メシでも行く?」


「うん!」


 そして逆に理玖くんがそう言ってくれたことに嬉しくなって、普通に反応してしまう。



 それから会社を出て、理玖くん行きつけのお店へと向かった。


 連れてきてもらったそのお店は、賑やかなカジュアルな雰囲気のダイニングバー。


 アメリカンな感じがする明るく華やかな照明やインテリアで、会社帰りのサラリーマンやOLさんなど、同じような職種のお客さんがワイワイと楽しんでいる。


「ここ理玖くんの行きつけなの?」


 席に案内されメニューを広げながら、店の雰囲気をキョロキョロと確認する。


「そう。会社帰りここしょっちゅう来てる」


「そうなんだ~」


 と、返事をしつつ、他の女性もここ一緒に来てるのかなと、理玖くんを意識した途端、今まで気にならなかったことも細かに気になってしまう。


「デ、デートでもよく使ってるの?」


 あぁ、聞きたくないけど、聞きたくなってしまう乙女心。


「いや。ここはそういう相手は連れてきてない」


 すると、意外な返答。


「えっ! そうなの!?」


「そういう相手はもっと話しやすい雰囲気いい場所望むからな」


 なるほど。確かにデートって雰囲気じゃないか。


 サラリーマン帰りのワーワー言ってる人たちも多くて、話してる声も聞こえづらいくらいの音楽とお客さんの熱気と雰囲気で、そう言われるとロマンチックな雰囲気になりそうな場所ではない。


 でも、そっか。


 そういう相手は、もっと素敵なロマンチックな場所に連れて行くってことね。


 ほほ~ん。なるほど。


 ……自滅。


 理玖くん好きだと自覚すると、やっぱ少なからずこういうダメージあるってわけね。


 理玖くんの相手は当然お互い下心あるもの同士だから、そりゃそういう店選びがちだよな……。


「てか、そもそもオレがここにはそういう気分で来たくないっていうかさ」


「え、なんで?」


「この店さぁ。オレが初めてプロデュースの仕事手掛けさせてもらった店なんだ」


「え、ここが!?  すごい! こんなお店、理玖くん手掛けたんだ! めちゃカッコいいじゃん!」


 理玖くんからその話を聞いて、逆にあたしはワクワクして興味津々で更にお店を見渡す。


 クルクルと座る位置を変えて身を乗り出しながら、上の照明から奥の方までマジマジと一つずつ確認する。


「理玖くん、どこまで関わったの?」


「最初は営業で取ってきた仕事だったんだけどさ。ここのオーナーがオレのこと気に入ってくれて、インテリアとかメニューとかも一緒に考えてほしいって言われたから、結構ほぼ関わった」


「そうなんだ! すごいね! え、もうちょっとじっくりお店の中とかメニュー見ていい!?」


 まだまだ仕事的にこれからのあたしは、こういうことを知るのも触れるのも勉強になる。


 きっと他の人から見たら、今のあたしは目をキラキラ輝かせてワクワクしている子供のようなはしゃぎっぷりだろう。


「え~こんなとこ初めて手掛けたなんてすごいよ~理玖くん。てか、あたしこの雰囲気めちゃ好き。お店の感じも来てる人たちの感じも」


 と、ワクワクしながら目の前に座ってる理玖くんに伝える。


「フッ。やっぱお前はそういう反応だよな」


 すると、そんなあたしを見て、柔らかく笑いながらそんな風に言う理玖くん。


「ん?」


「普通、こういう店連れてきて、そんな嬉しそうに楽しむ子いないからさ」


「あぁ~そっか。そうだよね。ついワクワクしちゃって」


 多分それって女の人とのデートでってことだよね?


 確かにこんな反応する女性いないよな~!


 でもあたしは別に理玖くんと元々そんな雰囲気望んでないし、素直にここに連れてきてもらって楽しんでる。


「お前、昔っからそういうとこあったもんな」


「え?」


「昔、家族同士で一緒にメシ食いに行った時、その店が”めちゃ綺麗で素敵だー”って、そんな感じでお前、店中動き回って見てたから」


 理玖くんはその頃を思い出して少し楽しそうに笑う。


「あぁ! そうだったかも! 多分あたしこういう自分の胸がワクワクする場所好きなんだよね~」


 確かにあの時とワクワク感が同じかも。


 まずそれが胸に響いたら、ワクワクして落ち着かなくなって、まずそのお店見回しちゃう。


 うん、多分そういうのも昔からあって、この会社に入りたいって思ったし、いつか独立した時の颯兄のお店も、自分がワクワクするそういうお店を一緒に作りたいって思ったんだよね。


「うん。だから、ここはお前は連れてきたいって思った」


 そう言って微笑んでくれる表情と、その特別だと感じられる言葉を聞いて、胸がキュンとなる。


 昔のあたしグッジョブ!


 昔も今もきっとあたしは無意識でやっていたことだけど、昔の理玖くんの記憶にそんな風に自分が刻まれているのだと知って、昔の自分を少し褒めてあげたくなる。


 確かにあたしと理玖くんはデートみたいなロマンチックな雰囲気に、とてもじゃないけどなるはずもないし、後輩で妹的なあたしなら、そのポジションで理玖くん中で存在していくのも案外悪くないのかなと思ったりした。


 あたしはあたしだからこそ理玖くんのそばにいれる理由っていうのも、もしかしたらあるのかもしれない。


「理玖くん。そんな場所に連れてきてくれてありがとう!」


 だから、あたしは素直にその嬉しさを伝える。


「おぉ」


 そう返して微笑んでくれるその笑顔も昔返してくれた笑顔に戻った気がした。






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