「よし。とりあえずなんか頼むか」
「うん!」
そしてメニューを再度理玖くんが広げたのを、あたしも覗き込むように見てチェックする。
「ここダイニングバーだから酒も豊富なんだよ。お前何飲む?」
まずはお酒のメニューを開いてマジマジと確認する。
「理玖くんは?」
「ん~。やっぱここならまず生ビールかな」
「じゃあ、それで!」
「よしっ。じゃあ、食べモンは? お前なんか食いたいのある?」
「うんとね~」
更に身を乗りだしフードメニューを隅から隅までチェックする。
「あっ、肉! ステーキ! これ食べたい!」
あたしはまずこの店の名物メニューでもあるステーキの写真が目に入り、即座にそれを選ぶ。
「あとね~ポテトでしょ~。んで、魚介のカルパッチョに~。あっ、このバーニャカウダーも食べたい!」
あたしは欲に忠実に理玖くんが相手だからか次々と食べたいものを挙げていく。
「ハハ。オッケ。全部それ頼もう」
「あ~! あとこれ絶対! 生ハムとアボカドのサラダ! 生ハムもアボカドもめちゃ好き!」
あたしは横目に入ってきた忘れてはいけないそれもお願いする。
ヤバい、生ハムとアボカドあれば絶対頼まなきゃ。
「ここアボカド料理あるんじゃん♪ ね~他にもアボカド料理ある!? 絶対頼みたい!」
あたしは大好きなアボカドメニューがここにもあると知って、必死でアボカド料理を探しながら理玖くんに尋ねる。
「昔からお前なんかあったらアボカドとか入ってんの選びがちだったよな」
「そう。よく覚えてんね」
「いや、あんだけ昔からアボカドあれば絶対頼んでりゃな。その年齢でそんなの必死こいてチョイスするの珍しいから嫌でも記憶に残ってるわ」
あぁ~確かに昔もこんな感じでアボカド料理があれば絶対頼んでくれとお願いしてたな。
「普通じゃないの? みんな好きじゃない?」
「いや、そこまでこだわるヤツお前以外知らねえし。おかげでアボカド見たらお前思い出すようになったわ」
えっ、そうなんだ。
アボカド見たら、あたし思い出してくれてたんだ。
ちょっと嬉しい。
ん? だけどアボカドとあたしの連想って、それもどうなんだ?
でも、なんにせよ理玖くんの中の記憶のあたしがずっと消えてなかったことは素直に嬉しい。
「なら。これからアボカド沙羅って呼んでくれてもいいよ」
「ブッ! なんだそれ! お前そんなんでいいのかよ!」
突拍子もないことを言ったあたしに思わず吹き出して笑う理玖くん。
もうこの際なんでもいいよ。
理玖くんの中に刻まれてる女の人なんて山ほどいるんだし、こんなたいして特徴もない妹的なあたしは、自虐的に走らない限り理玖くんの中で強い印象に残れない可能性のが高いんだから!
それならアボカドでもなんでもいいさ!
「チョロ沙羅よりも全然いい」
「は? チョロ沙羅よりアボカド沙羅のがいいの!?」
「うん」
だって今はもうチョロ沙羅じゃないもん。
今はもう他の人なんて好きになったりする余裕ないし。
目の前の理玖くんが好きだと、自分でちゃんと確信したんだから、チョロ沙羅はもう今日限りで卒業させていただきたい。
「ハハッ! ヤッベー! お前おもろすぎだろ!」
うん、アボカド沙羅で、そうやって爆笑する理玖くん見れたらあたしはそれで本望だよ。
理玖くんとは常に笑顔で楽しい時間を過ごしたい。
この前みたいに寂しそうな悲しそうな顔をしてる理玖くんなんて見たくない。
それならあたしはバカなヤツだと思いながら笑いのネタにしてもらえる方がよっぽどいい。
きっとあたしには男を感じさせる甘い顔なんて見せてもらえることなんてないから。
他の女性たちは、そんな理玖くんを見れる特権があるのだから、せめてあたしもあたしだけに見せてくれる特権がほしい。
笑顔いっぱいで笑う理玖くんをあたしは見たい。
それからまず注文したビールが来て「かんぱーい!」と思いっきり乾杯してジョッキのビールをゴクゴクと流し込む。
「プハー! うっまー!」
あたしはその美味しさに思わず思ったまま声を上げる。
「ハハ。なんか新鮮だわ。そういう飲みっぷり」
ほぉほぉ。そりゃデートに連れてくる女子たちは、こんなオッサンみたいな飲み方しないだろうよ。
茉白ちゃんも見た目裏切ることなくお酒弱くて可愛い感じだしね。
「そりゃ理玖くんの前で素敵女子に見られたい人たちは、こんな飲み方しないだろうからねぇ~」
そうとはわかっていても、あたしが今更ちまちま可愛く飲んだりすんのも違うでしょ。
理玖くんもあたしにはそういうの求めてないだろうし。
「まぁな。でもお前はそれでいいんじゃない?」
「え?」
「オレ的にはガキの頃から見てきてるヤツと、こんな豪快に一緒に酒飲めるの、案外嬉しかったりするからさ」
あたしだってそうだよ。
あたしもその方が嬉しいんだよ。
気兼ねなく一緒にこうやって理玖くんとお酒の時間楽しく過ごせる方がいい。
「なら。あたしでよかったらいつでも付き合うよ! いつもの堅苦しいデートに飽きたら、あたし呼んで!」
「おぉ。そうするわ」
理玖くんが満足そうに笑ってビールを飲む。
まさか理玖くんはあたしが理玖くん好きになったなんて夢にも思ってないんだろうなぁ。
そのあと来たポテトをつまみながら、理玖くんをマジマジ見つめて、ひっそりそんなことを思う。
あたしだって、デート……したいのになぁ。
きっと普段はもっとオシャレなフォークとナイフとか使うフルコースみたいなの食べてるんだろうなぁ。
こんな風にジョッキビール片手にポテトつまんでるとかじゃなく、ワインやシャンパンやオシャレなお酒と一緒にチーズとか食べてんだろなぁ~。
あぁ、考えれば考えるほど虚しくなるな……。
せっかく楽しい場なんだから、そういうの考えんのはやめよう!
「さっきさ」
すると、理玖くんも同じくポテトをつまみながら口を開く。
「ん?」
「この店に他の子、誰も連れてきてないって言ってただろ?」
「あぁ、うん。デートに喜ばないからでしょ?」
「まぁ、それもあるけど。中にはさ、カジュアルな店でもいいって言ってくれる子もいるから、こういうラフな感じとか居酒屋とかも行かないわけじゃないんだよ」
「へ~そうなんだ」
なんだ。そうなのか。
そこはあたしだけかと思ったのに、他にもそういうポジションに行けちゃう人いるのか。
「だけど。この店だけはなんか一緒に来たいとは思わなかったんだよね」
「ん? なんで?」
さっき、あたしは連れてきたかったって言ってたよね……?
「初めて手掛けたこの店は、なんていうかな、ある意味オレの隠れ家っていうかさ。神聖な場所みたいな感じで。ちょっと思い入れある場所だからさ。中途半端な相手連れてきて邪魔されたくなかったというか知られたくなかったんだよね」
「へぇ……」
そんな意味あったんだ。
ただ相手の女性たちに合わせて連れてこなかっただけかと思った。
でも、それを聞いて、その言葉に少し自分にしたら違和感を感じる。
「なら……。なんでここ連れてきてくれたの?」
あたしは連れてきたかったというさっきの言葉に少し期待を持ってしまう。
「お前は中途半端な相手じゃないだろ。それに、沙羅はそうやってなんとなくこういう場所も喜んだり楽しんでくれそうな気がしたから」
優しい表情をしながら、あたしを見つめそんなことを言う理玖くん。
ずるいなぁ……。
結局チョロいから、あたしはそんな言葉でもすぐ嬉しくなっちゃうんだよ……。
「フフ。それは正解だね。あたしはこういうとこ大好き」
「うん。だと思った」
そしてまた優しく微笑んでくれる理玖くん。
今日どんだけ微笑んでくれんだよ。
ってか今日の目的忘れそうになってたじゃん。
いや、なんか今日すんごい理玖くん優しいし穏やかだし、もう今日はそれ話さなくてもいいかな。
ホントはそれが気になったから今日帰り声かけたわけだけど。
でも、今笑顔の理玖くんのこの表情、崩したくないな……。
と、今日理玖くんが誘った本来の意味を思い出し、この幸せな時間に少し気持ちが揺らぎ始める。