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第50話 もどかしい距離


 翌日の朝。


 こんなに気持ちも身体も重いまま、出勤するのは初めてだ……。


 その理由は当然昨日の理玖くんとの言い合い。


 完全にあたしが悪い。


 せっかくあの前までは嬉しくて楽しい時間だったのに、あたしがついあんなこと言ったせいで、その楽しい時間をぶち壊した。


 わかってるよ?  わかってはいるんだけど……。


 でもあの時はあまりにも茉白ちゃん茉白ちゃんで、自分の気持ちももう止められなかった。


 単純に羨ましかった。


 そして、多分嫉妬……。


 これもきっと大いにあっただろうな……。


 いや、何勝手にそんな感情になってんだよって話で、理玖くんにはどうでもいい迷惑な話でしかないけど……。


 と、今頃反省したところで、時間は戻らない。



 そんな中、早速部署内で理玖くんを見つける。


 あたしはなんとか気持ちを立て直して、自分のデスクに行くまでにすれ違う理玖くんに視線は合わさず「おはようございます……」と、小さく声をかける。


 すると、あたしに気付いた理玖くんも小さく「はよ……」と、同じくあたしを見ないまま返事だけする。


 いつもと明らかに違う返事。


 声のトーンも視線も距離感も違いすぎる。


 何よりまとう雰囲気が重すぎて、こんな理玖くん今まで見たことない。


 そりゃ、そうか……。


 あたしなんかに自分の大切にしてきた想い否定されたんだからそりゃ怒るよなぁ……。


 しかも信じてた相手に……だもんな……。


 だけど、さすがにこのままだと仕事もしにくいし、実際あたしは言わなくていいとこまで言った気がするから、とりあえず謝りたい。



 そう思って理玖くんからの仕事の指示を待つも、今日一日、そして次の日もその次の日も何も指示なく終わって――。



 いや、確かに毎日同じように営業先出向いてるわけでもないし、デスクでの作業や理玖くんと一緒じゃない業務もある。


 なので、当然この三日間、理玖くんと会話は一言もしていない……。


 いや、これ理玖くんそうなるよう仕組んでない?


 さすがに三日間一言も喋らないとかないでしょ。


 さすがに一緒に営業回ってない時でも、一言二言は理玖くんから声かけてきてたし。


 それもなんてことないことで。


 それが一言もなかったってことは、そういうことだよなぁ……。


 絶対意図的にそうしてるんだろうなぁ……と、思わざるを得ない。


 さすがに痺れを切らして、前に理玖くんが言ってた今週中に一緒に行くという営業先がどうなってたのかを意を決して確認することにした。



「あの、高宮さん」


 そして自分のデスクにいた理玖くんの元へ行き声をかける。


「……何」


 理玖くんは声をかけた背後にいるあたしの方に振り向きもせず、そのまま仕事をしながら返事をする。


 明らかに今までと違う雰囲気だと感じる。


 その声にまだ冷たさを感じるような気がして、少し怯みそうになるが。


「あの。今週行くって言ってた営業先、いつ行くことになってますか? そこまでに他の仕事を調整しようと思ってるんですけど……」


 と、負けずにこちらを見ない理玖くんの背後を見ながらビジネスモードで挑む。


「あぁ……。それ、オレついでがあったから一人で行ったからもういいや」


 ……は?  え?  一人でもう行った……?


「だから楠は今週は一緒に行くのないから自分の仕事優先して」


 そしてやっぱりそのまま、あたしの方を見もせず自分の仕事に集中しながら背中越しにそう冷たく言い放つ。


 え……。今週いっぱいシカトですか!?


 あたしは今週の唯一の望みの可能性も失ってしまった……。


 というか、意図的に失くされてしまった。


 いや、さすがにこれはなくない!?


 あからさまにそんなことしなくてもさ~!


 何度か理玖くんにメッセージは送るものの、理玖くんは既読してずっと返事もしてくれないし……。


 だけど、あたしもそんなメッセージだけで済む話じゃないとは思ってる。


 だから、ちゃんと直接自分の言葉では謝りたいんだけどな……。


 なのに、こんなにまともに話そうとしなかったらそれさえも出来ないじゃん……。



 とりあえずまだ自分的にその指示に納得したわけじゃないけど、仕方なくデスクに戻る。


 あたしは溜息をつきながらデスクで仕事を始めようとするも、理玖くんとのことが気になって集中出来ない。


 休み時間とかに捉まえられないかな。


 なんとか無理やり声をかけたら、さすがにそこまで無視出来ないような気もするし……と、思いながら、ここから視界に入る理玖くんの方を見ると、理玖くんはそのまま席を立って、自分だけで回る営業先に行くため、会社を出て行った。


 予定を見ると、そのまま直帰になっていることに気付いて、あたしはそのタイミングでそんなチャンスさえもまたなくなったことを知ってガッカリする。


 こんなんじゃどんどん理玖くんと距離が出来てしまう……。


 どうしよう……。


 と、どんどん落ち込んでいきそうになっていると、一葉がデスクまでやってきて、こっそりあたしに声をかけてくる。



「ねぇ。高宮さんとなんかあった?」


 あぁ、さすがにこの雰囲気だと他の人にもやっぱ伝わっているのかな……。


 確かに三日も話してないもんな。


 特に一葉には、お互い昔からの知り合いとまで言ってるのに、この他人行儀感はかなり気になる状況なのかも……。


「あぁ、ちょっとね……」


 思わず一葉に作り笑いをしながら答えるも、理玖くんとの出来事を思い出し、また気持ちが落ちる。


 一葉に適当にごまかせないほど、あたしはさっきの理玖くんの冷たさにダメージを受けてるように思う。



 すると、そんなあたしを見た一葉が。


「ねぇ! 今日のランチ。あたし前からずっと気になってるお店あるんだけど、そこ行かない?」


 と、あたしの雰囲気とは真逆のキラキラした目と笑顔で一葉があたしに声をかけてくる。


 一葉に言われ時計を見ると、ちょうど正午を過ぎランチの時間になっていた。


「あっ。もうこんな時間か」


 理玖くんに気を取られてて、そんな時間になってるのも気付かなかった。


「ねっ! 行こっ!」


 と、一葉があたしと正反対のテンションで明るくグイグイ来て急かしてくる。


「あっ、うん」


 そんな一葉につられて、あたしも思わず笑って返事をする。


 一葉、きっとあたしの今の様子を見て気にかけてくれたんだろうな。



 一葉のそのさり気ない優しさは、今のあたしには温かくて有難くて、あたしはそんな一葉と一緒に気分を変えてランチを食べに外に出た。






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