あともう少しで料理が出来そうな頃。
理玖くんの方を見ると、キッチンのすぐ手前のテーブルでパソコンを開いて真剣な顔で集中している姿が見える。
そしてあたしは理玖くんに気付かれないことをいいことに、しばらくこっそりキッチンから見つめる。
「理玖くん。ホントは今日忙しかった?」
だけど、少しそれが気になって料理を作りながら理玖くんに声をかける。
「えっ、なんで?」
すると、手を止めて、あたしの方を見て反応する理玖くん。
「なんかずっと忙しそうにパソコンで作業してるから」
「あぁ。ちょっと今日中に片づけておきたい仕事があって」
「えっ、仕事!? そんな急ぎの仕事あるのに今日一日ずっとあたしに付き合ってくれたの!?」
理玖くんの言葉に驚いて思わずあたしも手が止まり、身を乗り出して理玖くんに尋ねる。
「あぁ。違う違う。急ぎなわけじゃないよ。週明け営業する会社があってさ。営業行く時に出来るだけ情報集めておきたいから今のうちに調べて策練ってるだけ」
するとそんな言葉が理玖くんから返ってきて、あたしは驚く。
確かに仕事の就業時間には営業からそれ以外の仕事までこなす理玖くんは、そんな時間がないような気がする。
基本パソコンに向かって事務作業をしていることの方が少ない。
だけど、いつでも営業先の一番新しい情報や、それこそ新規開拓しなければいけけない会社だったりの情報なんかも、常に頭に入れていて、そんな細かいことまで知っているのかと何度も驚いたことが実際にあった。
だけど、その情報量は、何もしなくて得た知識なんかじゃもちろんなく、やっぱり理玖くんは見えないところで気付かれない時に、一人努力してその結果を出していることが、今日初めてわかった。
そしてそれを今家でやっている姿を、あたしがいる場所では見せてくれることが、それもなんか嬉しかった。
あたしには心を許してくれているようなそんな気がしてしまった。
「ねぇ、理玖くん。仕事の邪魔になってない?」
だけど、そう思いつつ、今の状況が気になってつい理玖くんに尋ねる。
「ん? 何が?」
「料理こんなガチャガチャ作ってて、集中出来ないかなと思って」
「ハハ。何そんな気にしてんだよ。別にガチャガチャするほどうるさくしてないだろ。てか、お前昔からそうだよな?」
「えっ?」
「別にオレ的には邪魔だと思ってないのに、なんか変なとこ気遣って急にお前近くで遊ぶのやめたりしてただろ」
「えっ、そうだったかな……。覚えてないや」
「別にお前一人いてもいなくてもオレ的には全然影響ないし」
それって、そんなに存在感ないってこと……?
それともそれくらい気にする存在でもないってこと……?
「ハハ。あたしごときが確かになんの影響もするはずないか~」
自分でそう言ったことで、少し胸がチクッとして悲しくなる。
やっぱり理玖くんにとって、あたしはそんなものなのかと、少し落ち込みながら無理して笑って料理をする手をまた動かし始める。
「っていうか。オレが言ってんのは、影響ないって感じるほど、お前は自然にいる存在だから、そんなん気にする意味ないってことだからな?」
すると、そんなあたしの様子に気付いたのかどうかはわからないけど、理玖くんがそんなあたしの気持ちに答えるかのように、そんな言葉をかけてくれる。
「えっ? あたしがそれくらい気にする存在にもならないって意味じゃなく……?」
そして、あたしはまた手を止めて、理玖くんを見つめ聞き返す。
「フッ。なんでそこまでになんだよ(笑) オレが実際そう感じるくらいなら元々お前ここに呼んでねぇから」
すると、理玖くんはそう言って笑う。
「そっか……」
なんだ、そういうことか。
自分の思ってる逆の嬉しいことを言われてホッとする。
「てか、オレも改めてそれ感じたかも」
すると、理玖くんがボソッと呟く。
「何を……?」
「沙羅は一緒にいてても、存在がいい意味で気にならないというか、苦にならない存在だなぁって思った」
「それって、いい意味なの……?」
「あぁ。いい意味でって言っただろ」
「いい意味か。よかった」
素直に理玖くんのその言葉をそのまま受け取っていいということなら、かなり嬉しいことを言ってくれていることだけはわかる。
「そうだな。オレが今まで関わってきた女性はさ。それこそ自分の存在を逆に強調するっていうか、オレが気が休まることはないっていうかさ。まぁお互い割り切ってるけど、結局そう思ってんのはオレだけで、向こうはそうじゃないってことなんだろうけど」
それはやっぱり理玖くんが相手に気持ちがないからってことだよね……。
だけど、相手はどうやったって理玖くんに気があるだろうから、そりゃグイグイ、アピールしちゃうだろうな。
「それに比べてお前は他の女性みたいにオレに求める何かがあるわけじゃないから楽っていうかさ。お互い昔から気許せる関係だからこそかもだけどな」
それは遠回しにあたしが理玖くんを好きだと思ってないから言えることで、あたしが理玖くんを好きだとわかったら、理玖くんの中では成り立たなくなってしまうということだ。
きっとそれは理玖くんにとって誉め言葉で、気を許してくれているという意味なのだろうけど、それはあたしにとっては……。
普通では嬉しいその言葉も、理玖くんを好きになってからは物足りなくなってる自分になってしまっている。
それだけで満足出来なくて贅沢になってしまっている。
それだけでもきっと理玖くんにとっては特別な言葉なはずなのに……。
そう思えば他の女性と同じように理玖くんの気持ちが欲しいと望んでいるということで、あたしも対してそんな人たちと、さほど変わりないのかもしれない……。
「っていうか、あとどれくらいかかる? オレもうずっと腹空かせて楽しみに待ち焦がれてんだけど?」
そう言って理玖くんはあたしを見つめて意味ありげに笑う。
だけど、やっぱりその言葉に、その笑顔に嘘はなくて。
理玖くんなりに、あたしに対する気持ちだから。
それはきっとどの女性より近い存在なんだと、そう思えるから。
理玖くんの好きな茉白ちゃんより、きっと……。
そうだ。あたしは今日頑張るって決めたんだった。