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第70話 告白


「なんでって……。沙羅、わかんだろ?  颯人がオレにあんな焦って電話かけてくるとか普通じゃないんだよ……」


 納得しないあたしを諭すように、そして少し不安そうにあたしにそんな言葉を伝える。


「わかってる……けど……。あたしも茉白ちゃん、すごく心配だけど……」


 あたしも心配してないわけじゃない。


 あんな穏やかな颯兄と茉白ちゃんがケンカをして出ていくまでなんて、よっぽどなんだと思う。


 だけど、きっとそれは二人の問題で、理玖くんが探しにいくほどのことなのかと疑ってしまう部分もある。


 それなら自分勝手だけど、理玖くんはここにいてほしいってそう思ってしまう。


 だけど、当然理玖くんにそんな気持ちが伝わるはずもなく……。


「せっかくこんな料理作ってくれて悪いんだけど……。帰ってきてから必ず食べるから」


 理玖くんは目の前の茉白ちゃんのことしかもう今は頭にない。


「そういう問題じゃないよ……」


 一緒にいたいんだよ。


 一緒に食べたいんだよ。


 行ってほしくないんだよ。


 だけど。理玖くんの中では、やっぱりあたしの料理を前にしても、優先すべき相手は茉白ちゃんで。


 あたしがいくらどれだけ頑張っても、茉白ちゃんのことになると、一瞬で全部理玖くんの心を持っていかれる。


 だけど、さすがにここまでしているあたしに気にしてしまうのか、前みたいにキツい言い方を理玖くんもするわけでもない。


 駄々をこねるわがままな子供をなだめるような、そんな感覚。


「沙羅。ホントどした? 今までのお前なら同じように心配してただろ?」


「だって、茉白ちゃんには颯兄いるし……」


 あぁ、どうしよう。


 感情が自分で思うままコントロール出来ない。


 頭ではわかっているのに心が口から発する言葉が、ホントは納得していないあたしの本音がどんどんと零れ落ちる。


 あぁ、理玖くんの言ってたこと、ホントだったな。


 本気で好きになると自分でコントロールも出来ない。


 わかっていても、正反対の言動になる。


 だけど、こんな形で知りたくもなかったな……。


 ただあたしわがままなだけじゃん……。


「でも、オレにとっても茉白は妹なんだから心配なの当たり前だろ……」


「それはわかってるけど……。でも、料理やっと完成したし……」


 やっぱりどんな状況でも、あたしはあたしを一番優先してしまうから、自分の気持ちに嘘なんかつきたくないから、だから、あたしのその気持ちも理玖くんにわかってほしくてそう伝えてしまう。


 だけど……。


「沙羅。ホント悪いんだけど、正直、今そんな味わって食べれる余裕ない……。っていうか、この料理も他の男に作ってやるための練習だろ? なら、そんな今こだわらなくても……」


 目の前の茉白ちゃんに必死になって、思ったままの心無い言葉を呟いた理玖くんに、とうとう抑えていたあたしの感情がひび割れ始める。


 もう無理だと悲鳴を上げ始める。



「違う……」


「何が……?」


「あたしが今日ここに料理しに来た意味も、こんな風に引き止める意味も、理玖くんはホントにわかってないんだね……」


 あたしはどんどん込み上げてくる感情で泣きそうになるのを必死にこらえながら、絞り出すような声で、俯いたまま理玖くんに告げる。


「はぁ……。どういうことだよ……。沙羅がそう言ったんだろ……。とか今じゃなくてもいい……?  ごめん。ホントにオレ行くから」


 あたしに呆れたような反応を見せて、溜息をつきながらあたしに背を向けこの部屋を出て行こうとする。


 あたしはそれに気付いて、その理玖くんの腕を掴んで引き止める。


「待って! 理玖くん!」


「沙羅……」


 振り向いて、あたしを見るその視線は、さっきまで優しさを感じる温かさは、一ミリももう感じられないのが悲しくなる。


「この料理……! ホントは理玖くんに食べてほしくて作ったの……!」


 これ以上それを感じるのが辛くて、あたしはとうとう本音を呟き始める。


「……え? だってお前好きなヤツに作る練習だって……」


「ごめん。そんな人いない」


「え? じゃあ……」


 なんとなく気付きだした理玖くんに、あたしはもうこれ以上誤魔化されるのが嫌で、理玖くんに伝えながらも自分の決心を固める。


 あたしは、自分の中で静かに深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、理玖くんの目をじっと見つめる。



「好きな人は……。理玖くんだよ……」


 引き止めるために掴んだ手の強さも、その言葉を告げると同時にギュッと強くなる。


 あぁ……。伝えてしまった……。


 言うつもりなんてなかったのに……。


 いつか伝えるとしても、もっと頑張って好きになってもらえる努力をしてから伝えようと思ってたのに……。


 あまりの状況にあたしも焦って、一番伝えてはいけないその気持ちを伝えてしまった。


 それを少し後悔しつつ、理玖くんを見つめたままでいると、理玖くんの表情はどんどん変わっていって、今は信じたくないと言いたげな表情で、あたしから視線を外して黙っている理玖くん。


 だけど。もうここまで伝えてしまったのなら、ちゃんと自分の想いを伝えきりたい。



「茉白ちゃんには颯兄がいるじゃん。だから、茉白ちゃんの代わりに、理玖くんは、あたしじゃダメかな……?」


 あたしは理玖くんを見つめながら静かに探るように理玖くんにそう伝える。


 きっと今必要なのは茉白ちゃんだって理玖くんじゃなく颯兄で。


 そしてあたしには理玖くんが今この瞬間必要だから。



「だから……。行かないで……」


 あたしは泣きそうになるのをこらえながらその言葉を告げる。


 そしてまたギュッと掴んだ手を握り締め、その言葉とこの握った手に最後の望みを託す。



 わかってた。あたしがそんなことを言ったって、そんな選択なんてないことを。


 あたしがそんな言葉を言っても、なんの意味も影響もないということも。


 だけど、言わずにいられなかった。


 茉白ちゃんは心配だけど、やっぱり行ってほしくなかった。


 あたしのこの料理を食べてほしかった。



 想いよ、伝われ……!


 どうしようもないってわかってるけど、勇気出して言ったあたしのこの告白をなかったことにしないで……!



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