あたしは自分の食べ終わった食器をシンクに運び、そしてそのまま残っていた理玖くんの料理をキッチンに移動させる。
まぁあとからでも、せめてこの料理は食べてほしいから、そのまま残しておくか……。
理玖くんが口をつけてなかったスープを戻して、サラダとグラタンにはラップをし、そのまま冷蔵庫に入れる。
スープも作りすぎちゃったな……。
元々あまり入ってなかった冷蔵庫もスペースに余裕があったので、いつ帰ってくるかわからないから、念の為鍋ごと入れておく。
どれも今日中に食べるなら温め直せば食べれるし。
食べなかったら捨ててほしいと、メッセージだけ残しておこう。
そして、料理を入れる時に、冷蔵庫を覗いて、あるモノを入れておいたことに気付く。
「あぁ、そっか。これも作ってたんだ……」
あたしは冷蔵庫に入れておいたコーヒーゼリーを手にして、思わず声を出して呟いてしまう。
せっかく颯兄に教えてもらったのにな……。
そう、前に颯兄にお願いしたのはこれだった。
最後のデザートまで楽しんでほしいからと、颯兄にそれとなく理玖くんの好きなモノを聞き出して、そのレシピや作り方も直接指導してもらって教えてもらっていた。
あの時は颯兄に勘ぐられるのが嫌で、好きな人に食べてもらいたいから参考にしたいとか、どさくさに紛れてどんなのがいいかとか、たとえば理玖くんとかならどんなモノが好きだとか聞き出していた。
ちょっと不自然なとこもあったから正直颯兄が怪しんでるのかどうかもわかんないけど、でもその流れで理玖くんがコーヒーゼリーが好きだと聞き出せて、それを作りたいと颯兄にお願いした。
それならばと、颯兄は少しオシャレなコーヒーゼリーを考えてくれて、実はこっそりこれもさっき作って冷やしていた。
悔しいからまたそのコーヒーゼリーを取り出して、あたしは冷蔵庫の前で、立ったまま泣きながらまたコーヒーゼリーを勢いよく頬張る。
「ハハ。やっぱ美味しいでやんの」
やっぱり今日が一番美味しく出来たコーヒーゼリーを食べながら呟く。
だけど、颯兄と作った時よりも、今日はなんだか苦く感じた。
これはあたしのこの悲しい失恋がそうさせた味なのか、ただ作った味がそうだったのかもわからないけど。
だけど、確実にあたしの心には苦い想いだけが残った。
それから冷蔵庫に入っているモノを伝えるためメッセージだけ改めて残す。
食器も片づけて、今の部屋は元の理玖くんの部屋に元通りになった。
あー、なんであたしここにいるんだろ。
帰る準備をして、最後に虚しく部屋を見渡す。
すると、その時初めて目にした光景に気付く。
「うわっ、ホントに綺麗だ……」
その光り輝く景色に吸い込まれるように近づいて、その眺めにうっとりする。
この夜景、一緒に見ようって言ったくせに……。
窓から見えるその夜景は、ホントに素敵だった。
「やっぱりこの部屋では誰も理玖くんとこの夜景見ることも一緒に食事することもないんだろうな……」
あたしが実現出来なかったそれが、願わくば他の誰かの想いとして叶えられませんように。
あたし一人でだったけど、この夜景を見たことある、たった一人の女性でいられますように。
想いは届かなかったから、せめてそれだけでも叶うようにと、虚しい情けない願掛けをする。
夜景を見ながら、ここにいない理玖くんをまた切なく想い出しながら……。
そして。
「バイバイ」
出来る限りの笑顔を作って別れを告げる。
この部屋に。理玖くんに。報われなかったこの想いに。
好きにならせてくれてありがとう理玖くん。
少しの間だったけど、理玖くんを好きになれて幸せだったよ。
本当の恋が出来たような気がしたよ。
だけど、もう困らせないから。
もう理玖くんへのこの気持ちは忘れるから。
これからはただの後輩に戻るから。
多分きっともう妹にも戻れない。
これからは特別でもなんでもない他の女性と変わりないあたしになる。
だから、もう安心していいよ。理玖くん。
ずっと茉白ちゃんを想い続けてくれていいよ。
あたしはもう理玖くんだけは、好きにはならないから……。
あわよくば、どこかのタイミングで帰ってきてくれるかもしれないと、ギリギリまで淡い期待をしていたのも虚しいまま終わり、結局あれからいくら待っても理玖くんは帰ってこなかった。
それがすべて答え。
あたしが理玖くんを諦める理由。
せめて最後にあたしは笑ってこの部屋をあとにしたくて。
「ありがとうございました!」
と玄関で大きく叫びながら頭を下げお礼を伝えた。
理玖くんのいない部屋で、ここにいない理玖くんに。
好きという気持ちを教えてくれてありがとうと。
最後は幸せだった優しかった笑顔の理玖くんを想い出して、好きだった幸せな気持ちのまま。
涙を堪えながら、精一杯の笑顔を作って、玄関の鍵を閉めた。