目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第76話 前を向いて


 そして昼休みになって、一葉と社外にランチに食べに出る。


 一葉が連れてきてくれたのは、一つ一つのテーブルが離れてて、しっかり話が出来る空間のカフェ。


 そこであたしは昼休みという時間が許される限りの時間で、一葉に理玖くんとのことを報告し始める。



「あのね……。あたし、理玖くんに気持ち伝えちゃったんだ……」


「えっ!? 何その急展開。沙羅、気持ち伝える気ないって言ってたよね!?」


 あたしは理玖くんとの今の関係を崩すのが怖くて、一葉には一生片想いのままでもいいから理玖くんのそばにいたいと、この前伝えたところだった。


「うん。そのつもりだったんだけどね……。どうしても伝えなきゃいけない状況になっちゃって思わず……」


 あの時はそうでもしなきゃ理玖くんを引き止められないと思ったから。


 まぁそれも意味なくまんまと玉砕しちゃったけどさ……。



「あたし。理玖くんにフラれちゃった……」


 少し苦笑しながら、あたしはその事実を告げる。


「え……」


 その言葉を伝えた瞬間、一葉の表情も一気に曇る。


 あたしもその言葉を口にすることで、やっぱりそういうことなのだと噛み締めてしまって泣きそうになる。


「沙羅ぁ……」


 泣きそうになるあたしを、心配そうに見つめる一葉。


「ホント、まだ伝える気なかったんだけどなぁ……」


 と、あたしは少し笑いながら呟く。


「それは向こうに好きな人がいるからってこと……?」


「うん。やっぱりどうしてもその人がいいみたい」


「そっか……。沙羅なら上手くいく気がしたんだけどな……」


 一葉も残念そうに呟く。


「理玖くんはさ、あたしだから絶対無理なんだって。そこまで言われちゃったらさ、諦めるしかないよねぇ~」


 そう言いながら、泣きそうになるのを今度はランチで頼んだバケットのサンドイッチを口いっぱいに頬張って涙を止める。


「んっ。このサンドイッチ美味しい!」


 あたしは頬張ったサーモンとアボカドのサンドイッチを味わう。


「あっ、ごめん一葉。一葉もサンドイッチ食べて」


「うん」


 少し切なく笑いながら一葉も目の前のサンドイッチを頬張る。


「うん。一葉に聞いてもらって、なんかスッキリした。ありがと一葉」


 あたしは今度は明るく一葉にそう伝える。


「沙羅……」


 だけどサンドイッチを食べながら、心配そうに見つめる一葉。


「沙羅……。ホントに高宮さんのこと諦めるの……?」


 するとしばらくして、一葉が心配そうに尋ねる。


「そうだね~。そうするしかないよね~。あっ、でもホラ、あたしなんせチョロいからさ~。また理玖くんじゃない素敵な人見つかったら、簡単に好きな人出来た~ってなるんじゃないかな」


「え~今までずっといなくて、ようやく好きになれたのが高宮さんだったのに~?」


「あっ……」


 そうだ。それ忘れてた。


 理玖くん好きになれたことで、理玖くん好きになるまでの過程すっかり忘れてた。


 チョロい部分だけ意識残ってて、なかなか理玖くん好きになるまでそんな人現れなかったこと、なんで忘れてたんだろう。


「あっ、でもこれからはそういう人現れるかも!  だって正反対の理玖くん好きになったわけだし、これからはそういうのもう意識しないで普通に自分が好きになれる人探せるような気がする」


 うん。理玖くん好きになったことで、そんな理想もうなくなったようなもんだし、そんな理想なんて全然関係ないんだなぁと思った。


 自分を好きになってくれなくても、理想の相手じゃなくても、ただ自分が居心地よくて、自分を認めてくれて、自分が好きになれたら、そんなの意味ないことなんだとようやく気付いた。


「今度は自分が好きになるだけじゃなく、ちゃんと自分を同じように好きになってくれる人見つけたいな……」


 多分好きになってくれなくても好きでいれたのは、理玖くんだったから。


 理玖くんだったから、ただそばにいられるだけでそれだけでいいと思えた。


 恋愛感情じゃなくても、理玖くんなりにあたしを大切に想ってくれているのはわかっていたから。


 他の誰よりあたしを特別にしてくれていたから。


 だから、あたしはきっとそんな一方通行な想いでも、幸せだと思えた。



「なんて、それが一番難しいことなんだろうけどさ」


 理玖くんにはそんなあたしだけを見てくれるという願いは叶わなかったから。


 妹以上の気持ちは、理玖くんの中で存在しなかったから。


 それならもう、あたしは諦めるという方法しか見つからない。


 あたしがダメだと言われてもこれ以上、頑張る勇気はあたしにはもうない……。



「だけど、今朝、理玖くんが話があるって、声かけてきて……」


「えっ?」


「何言われるのか怖くて、先約あるって断ったら、そしたら今度は夜空いてないかって言われて……」


「えっ、どういうこと?」


「わかんない。もう何も話すこともないし、あたしはこれ以上仕事以外で理玖くんと関わりたくないから夜も断ったんだけど……」


「言い訳したかったとか?」


「フッた相手に何を?」


「だよね」


「あの日の言動が全部理玖くんの答えだよ」


「高宮さんなりに沙羅心配してるんじゃない?」


「これ以上無意味な心配いらないよ。好きになってももらえないんだし。同情の優しさだけもらっても、こっち辛いだけだもん」


「確かに、そうかもだけど……」


「だから……、あたし決めたの」


「決めた?」


「理玖くんとはもうただの後輩だけの関係になるって」


 一葉に、今度は力強く真っすぐその意志を伝える。


「それはもう幼馴染とかそういう関係はやめるってこと?」


「うん。恋愛感情と一緒にそういう関係も全部失くす。会社だけの付き合いにする」


「そんなの出来る……?」


「出来なくてもやる!」


 あたしの決意は固いんだ!


 もう絶対理玖くんなんかに振り回されないぞー!


「そんで絶対理玖くん以外に好きな人も見つける!  絶対理玖くんのこと忘れる! 理玖くんなんかずっと片想いこじらせて、いい加減な女の人たちといい加減な付き合いして一生そんな救われない人生送っちゃえばいいんだ!」


 もう理玖くんに同情する気持ちなんかないもん!


 あたしはあたしで自分の幸せ見つけてやるんだからー!


「フフッ。ちょっと前向きになってきたね」


「うん。理玖くんみたいな男にあたしの人生振り回されちゃたまんないからね!」


「あっ、それならさぁ。沙羅、新しい恋愛に踏み出してみない?」


「えっ?」


 一葉は、少しニヤっと笑いながら、あたしにそんなことを言った。



 新しい恋愛……?




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?