〔理玖side〕
颯人のその言葉で、ようやく腑に落ちた。
……あぁ、やっぱりそういうことか……。
自分は茉白が好きで、沙羅は妹みたいな存在で……、なんてそんな無意味なしがらみみたいな思い込みでオレはただずっと縛られていただけで。
あまりにも今まで茉白を想い続けていたせいで、その想いがなくなることを、どこかで寂しく感じていたのかもしれない。
ただ兄としての存在に戻るだけで、何も変わりはしないのに。
沙羅に出会ってから、少しずつ茉白への感情が薄れていたのにもホントは自分で気付いていたはずなのに。
そんな沙羅はどんな時もオレの味方でいてくれて慕ってくれて、いつでもオレを信じてくれていることが嬉しかった。
口ではいろいろ生意気なことを言っても、結局はオレを気にかけて、オレを一番に思ってくれることに居心地が良かったのだとも改めて気付く。
そんな沙羅から他に誰か好きな男が出来たと聞いた時、モヤモヤして落ち着かなくて。
沙羅だけはオレから離れていかないと思っていたのに、知らない男に持っていかれるなんて気に入らなかった。
そう。そこまで気付いてたはずなのに……。
茉白への想いをなくすことも、沙羅との関係を変えることも怖くて、オレは、……逃げた。
「フッ。今更そんな気持ち、気付くなんてな……」
そんなことをしてから気付くなんてバカすぎんだろオレ。
傷つけてからしか気付けないなんてどれだけ鈍感なんだよ。
「いいんじゃないの? それで」
「えっ?」
「お前はそこまでしなきゃ気付かないんだよ。あれだけたくさんの女を相手にしてきて、心が誰にも動かなかったんだ。それでようやくその気持ちに気付けただけでもオレは意味あると思うけど?」
「颯人……」
そっか。颯人はこういうヤツだった。
頭から否定せず、ちゃんとオレの気持ちを汲んで、オレの立場になっても意見できる男だったよな。
「なら、乾杯するか」
「はっ?」
酒の入ったグラスを持って颯人が笑顔でそんなことを言い出す。
「お前が本物の恋愛に目覚めたお祝い」
「フッ。なんだそれ」
颯人のそんな言葉に思わずオレも吹き出す。
「いや、それくらいめでたいことだろ。よしっ! 今日はこの場オレが奢ってやるよ」
「え? マジで!?」
「おぉ。はい、かんぱーい!」
颯人が嬉しそうにオレのグラスに自分のグラスに乾杯する。
「オレにとってはそれくらい嬉しいことだからな。お前がそれだけ茉白以外夢中になれる相手を見つけたってことは」
「え……?」
意味ありげなその言葉を颯人が口にしてオレは動揺する。
まさかな……。
「知ってたんだよね、オレ。お前が茉白に妹以上の想い持ってたってこと」
颯人はまっすぐオレの目を見て、少し微笑みながらいう。
「……は!?」
うわっ、マジか。マジで言ってんのか、こいつ……。
どこまで知ってるんだ、オレの想い……。
これは認めるべきか? 白を切るべきか?
この微笑みどういう意味だ?
いきなりの颯人のぶっこみにオレは頭をフル回転させて考える。
「だからといって、別に理玖を責めるつもりもないよ。そんな権利当然オレにもないし。理玖がどれだけ茉白を大切に想っているかなんて、見てたらわかるよ。同じ相手を想ってるんだ。どんな視線がどんな意味があるのか十分すぎるくらい理解してる」
そして理玖が酒を手にしてそれを見つめながら、穏やかにそう語る。
「颯人……」
「多分タイミングだけだったんだよな。ただ茉白がオレを好きになって再会して。オレが茉白を好きになって。ホントは血の繋がってない茉白となら、別にお前がどうにかなることだって出来たんだし。だけど、お前優しいからさ。オレのことも、茉白のことも、そして家族のことも考えて、何も行動起こさなかったのもわかってる」
「お前、そこまで……」
颯人がそこまで気付いてたとは思わなかった。
こいつはいつからどこから気付いていたんだろう。
そんなオレの気持ちに。
どこからそんなオレの気持ちを見守りながら茉白と付き合ってきたんだろう。
「だからオレも何も言わなかった。きっとお前はお前なりに考えるとこがあってそうしてるんだろうなと思ってたから。だけど、オレも、お前が本気で茉白を奪いに来たら、その時はオレもちゃんと向き合う覚悟は出来てたよ」
「颯人……」
「まぁ、だからといって茉白は渡さねぇけどな」
そう言いながら今度はニッと笑う颯人。
そうやって伝える颯人の優しさを感じてオレは有難く感じる。
オレのそんな気持ちを気付きながらも気付かないフリをしてくれていたこと。
そんな気持ちを知ってもちゃんと茉白を好きで一緒にいてくれること。
「オレもお前がオレに気を遣って茉白譲るとか言い出してたら、マジで親友やめてたわ」
「フッ。それはないな。お前とは正々堂々と闘わなきゃ。まぁお前に負けるつもりもねぇけどな」
颯人には茉白を奪われたとかそんな気持ちは一切なくて、自分が幸せに出来ない分茉白を幸せに出来る颯人の存在は有難かった。
茉白への想いがある分、そりゃ時には二人の姿を目にしたり、二人の話を聞くことが辛い時期もあったけど、だけど、そんな気持ちからいつの間にかそんな風に変わっていった。
ただオレだけが茉白への気持ちを、同じ場所でずっと立ち止まって大事にしてただけ。
小さい頃からの茉白を守らなければいけないという使命感が、どこかで間違った形で存在してしまっていただけのように今では思える。
「そっか。お前気付いてたんだな」
「あぁ」
酒を飲みながらお互いその言葉の意味を実感する。
「悪かったな。言わなくて」
「悪かったな。言えなくて」
オレが言った言葉に颯人が同じように返してくる。
「なんだよ、お前」
「お前と同じように返しただけー」
「ハハッ」
颯人に話せたことで、この想いが消化出来たような気がして、清々しい気持ちになる。
こうやって話せたことで、オレはホントに茉白から卒業出来たような、ようやく妹離れ出来たような気がして嬉しくなった。
これも全部沙羅のおかげだよな……。
沙羅と再会しなくて、沙羅が想いを告げてこなかったら、オレはまだ茉白への想いにがんじがらめになってたんだろうな……。
颯人にもどこか後ろめたく感じて、自分のことも好きになれなくて、いい加減な付き合いしか出来なくて……。
本物の恋愛になんて一生縁なく終わっていったんだろな……。
ハハ。まさかオレが沙羅好きになるなんて思いもしなかったけど。
沙羅だけはないと思ってたのに、人の気持ちってわからないもんだよな……。
だけど、今思えば沙羅は最初から目が離せなくて、茉白とは違う守ってやりたい気持ちも芽生えてたんだよな。
あいつチョロいのに単純だし騙されやすいし。
なのに純粋で人懐っこくて危なっかしい。
そうだよな。あいつはオレが守ってやらなきゃなんだよ。
あいつの良さはオレが一番よくわかってんだよ。
フッ。そっか。オレん中で、沙羅への想い。こんなハッキリしてんじゃん。
好き以外なんていうんだよ。