〔理玖side〕
「何、そんな嬉しそうな顔して」
「えっ?」
すると、隣でニヤニヤしながら颯人が声をかけてくる。
「えっ、オレそんな顔してた?」
「してた(笑) 何、好きな子のことでも想い出してた?」
あっ、こいつ絶対面白がってる顔だわ。
「あぁ、そうだよ。自分で気付いてなかっただけで、オレにとってホントはそれほど特別だったんだなぁって今実感してた」
「何、お前そんなこと言えるんだ?(笑) お前をそんな風にさせる子オレも会ってみたいんだけど。今度紹介しろよ」
颯人が嬉しそうにそんな風に茶化してくる。
フッ。おもしれぇー。自分の妹だっつーの。
お前嫌ってほど会ってるし。
「フッ」
「はっ? なんだよ。何が面白いんだよ」
「いや、だって、もうお前その子に会ってるから」
オレは少し笑いをこらえながら颯人に伝える。
「は? いつ? 誰? どの子? お前にそんな子紹介してもらったことあったっけ?」
あっ、完全にこれは真剣に考えてるやつ(笑)
颯人って案外こういうの天然で鈍感なんだよな。
確か茉白も告白した時、全然その想い気付いてなくて颯人ビックリしてたって言ってたわ。
茉白なりにそれなりに頑張ってアピールしてたのになんの意味もなかったって嘆いてたっけ。
今思えばなんかそれも懐かしいな。
そして全然その相手に気付かない颯人にオレは痺れを切らして。
「沙羅だよ」
答えをストレートに颯人に伝えた。
「沙羅って、何が?」
おいおい、こいつマジでまだ気付いてないのかよ。
いや、そりゃ茉白もこいつがこんなんだと苦労するわ。
だからあの時もあんな風にすれ違って言い合いになったってことか。
「オレの好きな相手。沙羅だって言ってんの」
こいつはこうやってストレートに言わなきゃわかんねぇか。
「はッ!? 沙羅!? マジで!? そういうこと!?」
颯人は思った以上に驚いた反応をして、心底驚いている。
「マジで気付いてなかったのか」
「いや、そりゃそうだろ。お互い絶対ないって言い合ってる仲だし。ってことは、沙羅の好きな相手って、もしかしなくてもお前ってことだよな……?」
「そういうこと」
「なら、沙羅を泣かせたのはお前ってことだよな……」
すると、颯人はボソッと囁くように呟く。
「……あぁ。沙羅を傷つけたこと、ホントに悪いと思ってる。お前が兄として怒るのも無理ないし、それはちゃんと受け止める覚悟してる」
この言葉は親友ではなく、兄としての颯人に、ちゃんと真剣に伝える。
「確かに、兄としてあんなに傷ついた沙羅のこと思えば、可愛い妹をあんなに泣かせて一発殴りたいくらいの気持ちだけど。……でも、お前の親友としては、嬉しいって思ってる自分もいる」
「え……?」
「親友としては、お前がいい奴だっていうのはオレは知ってるから、沙羅がお前を好きになるのも納得できるし、そんでそんなお前が沙羅を好きになってくれたことは正直嬉しいんだよね」
怒りもせず落ち着いた口調で、だけど、少し何かを思いながらオレに伝える颯人。
そんな颯人の気持ちが嬉しくて申し訳なくて。
「それでも。沙羅は実際お前に傷ついたわけだし。兄としてそうなった理由を聞く権利はあると思う。理由によっては、オレは兄として沙羅をお前に任すことは出来ない」
あぁ。颯人のこのまっすぐ見つめてくるこの目。
いつも真剣な思いを伝えてくる時の目だ。
そりゃ兄として、もっともだ。
オレは兄である颯人にもちゃんと伝える義務はある。
きっと理由によっては、颯人って男は、オレが親友だからとか、そんな理由だけで認めないのもわかってる。
それだけ颯人は沙羅を今まで大事にしてきたのも、ずっと見てきたから。
「あぁ。全部話すよ。その理由によっては兄のお前が判断してくれていい」
「……わかった」
「……でも、お前が許してくれるまで、オレは沙羅にもお前にもちゃんといい加減な気持ちじゃないってこと、わかってくれるまで伝えるつもりでいるから」
兄としての颯人に、オレは幼馴染でも後輩でもなく、ようやく気付けた自分にとって大切な女性を諦める気はないと、一人の男として、しっかり颯人の目を見て伝えた。
「あの日……。茉白がいなくなったあの日。颯人から連絡来て、オレは茉白を探すことを選んだ」
「うん」
「あの沙羅の料理は、ホントはオレのため、だったんだ。でもオレは知らなかった。沙羅は他に好きな男のために作る約束してて、練習したいからその試食してほしいって流れになって。でも今思えば、多分それ後付けだったんだと思う」
「後付けって?」
「その流れになったきっかけってさ。あいつがオレに料理作りたいって言い出したんだよ。なんでって聞き返したオレに対して、沙羅が好きな人のために作りたいからその練習したいって言い出して……。そんな男の存在作り出したのオレだって今更ながら気付いた」
「なるほど。確かに沙羅、それ言ってたかも。茉白がすごい料理作ったの見て自分も作りたくなったって。そっか。それが理玖だったってことか」
「そんなこと言ってたんだ沙羅……」
「あぁ」
「なんかそれ提案された時、他の男のために作りたいって理由になんかちょっとイラッてきてさ。その時は、いつもの兄貴的な気持ちで試食してやるって言ったんだけどさ。多分、オレそいつより先がよかったんだよ」
そう。きっとあの時から確かにオレの感情が動き出していた。
「だけど……。そんな沙羅の想いを全部オレは傷つけた。そこまで作り上げていざ食べようってなった時、オレは茉白を探しに出てしまった。そんな沙羅の想いも知らずに……」
「……」
颯人も黙ってそのオレの話をそのまま聞く。
「だけど茉白を探しに出ようとした時、沙羅に告白されたんだ。ホントはオレのために料理も作って、その好きな相手がオレだったってこと。だけど、オレはいきなりで頭整理出来なくて。茉白の代わりでもいいからって言った沙羅に対して、オレは沙羅は沙羅だからそんな風に見れないって言った……」
改めて言葉にすることで、あの時の情景がまた蘇る。
「でも……。お前からあの電話がかかってくるまで、ホント楽しかったんだよね。沙羅もいつもと違う感じで可愛く思えてさ。あの時間も嬉しいって思ってた」
「じゃあ、理玖の中では、もうその時に沙羅を特別に感じてたってことだよな……?」
「あぁ。それは間違いないよ」
颯人に一つずつ伝えていくことで、あの時のオレの心情がいつもと違っていたのだと改めて実感する。
今思えば今日沙羅に感じた感情も、無意識で取った行動も、すべてに意味があったのだと、初めて気付いた。